故郷の絆と防災対策は両立できるか【ペトラ・カルロヴァー 早大留学生】

避難した人々が1日も早く自宅に戻りたい、と話すのを見ると、ペトラさんはチェコで1997年に起きた洪水災害を思い出す。

避難した人々が1日も早く自宅に戻りたい、と話すのを見ると、ペトラさんはチェコで1997年に起きた洪水災害を思い出す。

国民性は違っても、故郷の絆、人と人の絆、人と土地の絆はどこにも存在します。私は被災地からの報道を見ると、1997年にチェコ東部で起きた大洪水の被害を思い出します。たしかに、今回の東日本大震災とは比べられないほどの狭い範囲での被害でしたが、地域の人間関係や、災害が多発する自然環境の面など共通点があるように思いました。

1997年大洪水の衝撃

20世紀初めから、チェコでは大きな洪水が起きたという記録はありませんでした。しかし、1997年に数日間降り続いた大雨の結果、大洪水が発生しました。チェコ東部の河川から水が堤防を越えてあふれ出し、平野にある町や村は大きな被害を受け、「100年に一度の大洪水」と言われました。この結果、被害を受けた地域では、洪水防止対策や避難計画などの見直しに取り組むことになりました。

政府は洪水の起こる確率の高い土地を買い取り、代わりに安全な土地を手配するという政策を提案しました。しかし、政策に納得して移転する人はごくわずかでした。「ここは我々の故郷です。私の家族も夫の家族もここに住んでいるのですから、違うところへは行きたくありません」とある女性は引っ越せない理由を語っていました。被災地の人々は、故郷から離れたくないという希望が強く、以前と同じ場所に家を建てたのです。こんなにひどい洪水はもう起きないと考えていたようです。

1997年洪水後のトロウブキ

1997年洪水後のトロウブキ(撮影・Ladislav Svoboda)

災害は繰り返すという現実

しかし、「100年に一度の大洪水」は100年に一回しか来ないというわけではありませんでした。1997年以降、チェコだけでなくヨーロッパ全体に洪水災害が多発しました。2002年にはチェコ西部で大洪水が発生し、街並みのきれいなプラハ中心部にも被害が及びました。さらに、2006年、2009年にもチェコ国内の多くの地方で洪水が発生しました。このような現実が目の前で起きても、97年に被害を受けた東部では、自分の故郷には洪水は二度と来ないと思い込んでいる人が多かったそうです。

しかし、2010年の夏、1997年の洪水で村がまるごと浸水したトロウブキ村は再び泥色の湖に変わりました(写真)。河川管理の専門家は「トロウブキ村は平野の中のお皿の底にあるような位置なので、できれば、違う場所に移したい」と警告しました。住民たちは当初、故郷の根強い絆を理由に行政の移転指示を拒否しましたが、保険会社の説得で状況が少し変わりました。洪水の起こる確率が高い地域の不動産保険料を上げ、洪水が20年以内に2回以上発生した地域を洪水保険の対象から外したことで、安全な地域への移転が促進されたのです。

一方で、政府は2008年の経済危機以降の財政難で、トロウブキ村のような地域への洪水対策という課題は1997年から解決されないまま残っています。昨年夏の洪水で、14年の間に導入された対策が不十分だと明らかになりました。「地形や気候など、洪水の原因を精密に分析して、周辺地域の建物の設計や基準を全体的に改善することなどが必要です」とこの地域の河川管理局長は言います。さらに、「最も改善すべきは地元の人々の話をよく聞いて協力できる体制をつくっていくコミュニケーションの面だ」と反省していました。

私は日本の東北地方から報じられる映像を眺めながらチェコでの経験を振り返っています。洪水であっても、津波であっても、問題の性質は同じだと思います――つらい現実の前で人と人はどう話し合えるのか、ということです。日本でも故郷との絆を大切にする人々と、国民の安全を第一にしている政府とが協力して、長期的に効果のある方法を一緒に見つけてもらいたいと思います。

(5月20日 記す)

ペトラ・カルロヴァー

ペトラ・カルロヴァー
Petra Karlova

チェコ・プラハのカレル大学で日本学とベトナム学の修士号、歴史学の博士号を取得。2002年早大に留学、05~08年カレル大学哲学部東アジア研究所非常勤講師、チェコ科学アカデミー東洋研究所研究員(Research Assistant, The Oriental Institute of the Academy of Sciences of the Czech Republic)。現在、早大アジア太平洋研究科に在籍。専門は国際関係論。日本の文化・歴史、武道に関心を持つ。