危機意識を欠く政権【成相 修・麗澤大学教授】

被災地における産業復興が遅々として進まない状況に対して、エコノミストの成相修氏が、現政権の経済政策に異議を唱える。

被災地における産業復興が遅々として進まない状況に対して、エコノミストの成相修氏が、現政権の経済政策に異議を唱える。

The Economist誌(6月18日)は、世界経済の回復の屈折についての警告を発している。コーンの上に載った2つのアイスクリームとその周りが溶け始めている構図である。この2つのアイスの固まりは、米国とユーロ経済であろう。うがった見方をすればメルトダウンしているのは、マクロ経済政策でも税と社会保障の一体改革でもまったく決断できないで、IMFから厳しい注文を突きつけられる日本の政府と政治、特に経済政策であろう。

米国では債務残高の法定限度額の引き上げが政治折衝の難航の末、なんとか実施された。1年前に比べて一向に改善しないギリシャの財政状況に、EU首脳は民間金融機関によるギリシャ国債の借り換えによって凌ぐこととしたが、ギリシャのユーロからの離脱、またはドイツマルクの復活などが夢物語ではなくなってきた。ユーロの問題は政治のリーダーシップが、短期のコストと長期的にみた地域統合のメリットを国民に、如何に説くかにかかっている。

技術流出の危機

欧米を凌ぐ危機は、日本の政治と経済である。復旧の第1次補正予算が十分に執行されていない中で、第2次補正予算が成立した。菅政権の延命のために小出しにした予算のせいで、東北の復旧は遅々として進んでいないのが現実である。7月22日に閣議に報告された2011年度の「経済財政白書」は、日本の危機意識を全く欠いたものになった。白書が示したデフレ基調が継続しているという認識からは震災による供給制約という問題意識が抜け落ちている。東北の部品供給が回復したことといっても、断絶したサプライチェーンをすべて大震災以前に戻すことは不可能である。そのため日本企業は台湾や韓国への移転を急ぎ、新興国は日本の部品企業の誘致に懸命になった。

阪神大震災のあと、神戸港は2か月で応急復旧工事を終えコンテナ荷役は再開したが、港湾施設が全面復旧し「復興宣言」を出すまでの2年間にコンテナ貨物は韓国などアジア各国に移り、神戸港の取扱量はほぼ半減し、復旧後も震災前の2割程度しか神戸に戻ってこなかった。東北の被災地はこの経験に学んでいる。製造業が回復したと政府が言っても、既に多くの企業は戻っていない。さらに、電力不足による生産拠点の移転は深刻である。ボーイング社の最新の機体を包む炭素繊維で世界の主要な企業である東レは、韓国での生産をきめた。30年以上も官学との連携の中で開発に成功した最新技術が、韓国に移転する可能性がある。日本企業は、不安定な電力供給、不安定な政権運営の経済政策など、経済的な要因に基づいた、冷徹で合理的な判断をしている。

存在意義を疑う内容の「経済財政白書」

今こそ、政権は経済政策を明確に示すときである。さもないと、日本の空洞化が加速化する。ところが、日本の経済政策は全く見えてこない。昨年6月の菅政権が誕生したときの大きな看板であった社会保障と税の一体改革も、雲散霧消している。6月30日に民主党が対立を繕ってまとめた改革案は、消費税の引き上げに対する抵抗というポピュリスト丸出しのおろかな政治家によって閣議決定すらできないという無責任な格好である。

この改革で示すべきは、単に消費増税だけではない。社会保障の受益のあり方、世代間の不公平の是正、持続的な社会保障制度の確立、など「国民生活が第一」をスローガンに政権をとった政党が、まさに将来の国民生活のための制度設計、税制のあり方について逃げ腰になっている状態では、政権を返上すべきである。こうした危機感をもって「経済財政白書」は政策分析と政策提言を行うべきであった。しかし、かつては慧眼を持って評価された「経済財政白書」の意義は終わった。中期的な財政との整合性を採るための財政重視のきれいごとを説くことを重視した「経済財政白書」は、全く意義を失った。

大震災がなくても日本の財政と持続的な社会保障制度の課題は喫緊であった。政治家として、総理として国難に対応できないことが明確になった今、いち早く退場することが日本の国益である。日本の経済政策についてまじめでまともな議論を行って、信念を持って国民に説得する勇気と人徳を備えた政治家を期待することは無理なのであろうか? かくも貧弱な政権を維持させているこの国の不幸を憂慮する。

(7月26日 記す)

成相 修

成相 修
Nariai Osamu

麗澤大学国際経済学部教授。1972年東大経済学部卒業、99年東北大学大学院国際文化研究科博士課程修了。経済企画庁調査官、OECD(経済協力開発機構)エコノミスト、JICA(国際協力機構)専門家(ブルネイ国に派遣)等を経て現職。