国民の「脱原発」の思いに政府はどう応えるのか【福家 康宣・福島放送役員】

福島県から県外に避難した子どもは1万人を超えた。国民が共有する放射能汚染への不安に、真剣に向き合わない政府の姿勢を問う。

福島県から県外に避難した子どもは1万人を超えた。国民が共有する放射能汚染への不安に、真剣に向き合わない政府の姿勢を問う。

私が住む福島県郡山市では街中のあちらこちらで手作りのステッカーを見ることができる。「まげねど!郡山」「がんばっぺ!福島」。自らを奮い立たせるために作ったのだろう、手書きの字には力がこもっている(ちなみに「まげねど」は「負けないぞ」、「がんばっぺ」は「頑張りましょう」の意だ)。

8月4日から6日までの郡山の夏祭り「うねめまつり」でもこれらの言葉が飛び交い、JR郡山駅前の大通りを会場に繰り広げられた「うねめ踊り流し」は、郡山出身の俳優西田敏行さんが参加したこともあって、例年以上の人出で賑わった。

放射線への不安

しかし、その一方で「大気中放射線量が高いこの街で子育てするわけにはいかない」と、子どもを県外へ避難させるケースも多い。

福島県が郡山市内の合同庁舎で計測し発表しているデータによると、8月8日の大気中放射線量は1時間あたり0.96マイクロシーベルト。東京電力福島第一原発の原子炉崩壊と水素爆発による汚染直後は4マイクロシーベルトを超えていたので、だいぶ下がってきたが、同日の東京・新宿の数値の17倍というレベルでもある。福島市は郡山市より高い1.18マイクロシーベルト。新宿の21倍になる。1時間あたり1マイクロシーベルト前後という線量が健康に害を及ぼすのかどうか分かっていないが、分かっていないことと他地域より高い数値であることが人によっては不安のたねになる。それが「この街では子育てできない」となるのだろう。

福島県から子どもたちが消える

福島県教委が8日に発表したところでは、震災発生から7月15日までに県外へ転校した公立小中校の児童・生徒は7,672人、夏休み中に県外へ移る予定の児童・生徒は1,081人に上るそうだ。私立学校の小中学生や幼稚園児、高校生も加えると確実に1万人を超える子どもたちが、消えた。

何割かはいずれ福島県へ戻って来るだろう。しかし、放射能による健康被害を恐れて子どもたちを県外へ出す決断をした親の心理を想像すると、多くの子どもたちはもう帰って来ないような気がする。福島県の明日の姿はこれで大きく変わるのではないだろうか。

脱原発は「個人的な思い」だけでは発展しない

放射能汚染の心配は全国民が共有する。そう言い切って、たぶん間違いないだろう。菅直人首相が7月13日の記者会見で打ち出し、その後も例えば8月6日の広島での式典などで繰り返している「脱原発社会」の考え方が、菅首相の早期退陣を求める声の高まりとは別に、支持を集めているのは放射能の怖さを国民が改めて認識したからだろう。

政府与党は、国民のこの思いを受け、原発に関する国の考え方をはっきりさせる必要がある。

首相が「脱原発」「減原発」「原発に依存しない社会の実現」と踏み込む一方、政府高官や民主党の幹部たちが「あれは首相の個人的思い」と言って距離を置いている現状は異常だ。すでに政治的求心力を失っているためとは言え、首相本人も自分の言葉を「政府見解ではない」と認め、政府としての、それ以上の議論に発展させようとしない姿勢はまったく理解できない。

各種世論調査の結果を見ると、国民の過半数が「脱原発」「減原発」に共感している。しかし、その一方で経済界を中心に脱原発が日本経済に与える打撃の大きさを理由とする慎重論もある。そういう中だからこそ、さまざまの論点を整理し、原発に関する見解を打ち出すのが政権の役割だろう。少なくとも、そのための議論を真剣に始めるのが政権の責務だろう。国民が深い関心を寄せる「原発の安全性」をめぐる問題に真剣に向き合っているようには見えない政府与党の今の姿は、なさけない。

(8月9日 記す)

福家康宣
Fuke Yasunobu

1949年香川県生まれ。香川大経卒。74年朝日新聞社入社、鹿児島支局、那覇支局を経て東京本社政治部記者。大阪社会部デスクのとき阪神・淡路大震災を経験。西部本社編集局長のあと福島放送に移り、2009年6月から役員。