片倉 佳史
  • 片倉 佳史 KATAKURA Yoshifumi
  • 署名記事数:6 最終更新日:2018.02.11
台湾在住作家。1969年神奈川県生まれ。早稲田大学教育学部在学中に初めて台湾を旅行する。大学卒業後は福武書店(現ベネッセ)に就職。1997年より本格的に台湾で生活。以来、台湾の文化や日本との関わりについての執筆や写真撮影を続けている。分野は、地理、歴史、言語、交通、温泉、トレンドなど多岐にわたるが、特に日本時代の遺構や鉄道への造詣が深い。主な著書に、『古写真が語る 台湾 日本統治時代の50年 1895―1945』、『台湾に生きている「日本」』(祥伝社)、『台湾に残る日本鉄道遺産―今も息づく日本統治時代の遺構』(交通新聞社)等。オフィシャルサイト:台湾特捜百貨店
台湾総督府庁舎(現・総統府)の建築秘話2018.02.11

最近台湾で、中国との統一促進派がつくる団体「孫文学校」が、総統府を「台湾抗日英烈紀念館」への変更を住民投票で求めようとする運動を展開して、物議を醸したことがあった。 台湾が日本の統治下に置かれた半世紀(1895~1945)。その最高統治機関として君臨したのが台湾総督府である。その庁舎は現在、中華民国総統府として使用されている。今回は壮麗な風格を誇るこの建物の歴史をひもといてみよう。 台…
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知られざる日本史——皇太子「台湾行啓」をたどる2017.12.02

台湾が日本の統治下に置かれた半世紀。1923年4月、のちに昭和天皇となる皇太子裕仁(ひろひと)親王は摂政の立場で12日間、台湾に滞在した。交通が不便な東海岸や中部山岳地帯には足を伸ばさなかったものの、主要都市をほぼ訪れている。視察先は62カ所にものぼり、催された祝賀行事は232にも及んでいる。まさに、台湾総督府にとっては空前絶後の一大行事であった。 この台湾行啓が実現したのは第8代台湾総督の…
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知られざる「チョウ大国」——世界が注目する台湾の自然生態2017.10.14

台湾は世界に名だたる「チョウの王国」である。面積こそ日本の10分の1程度にすぎないが、そこには400種を超えるチョウが生息している。ちなみに、日本は約250種、イギリスはわずか70種あまりであることを考えると、その多さがよくわかる。また、生息密度は世界トップレベルと言われている。 台湾に生息する400種のうち、約40種が台湾の固有種である。台湾では愛好家や研究者以外、こうした事実を知る人…
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高校生の海外修学旅行行き先:米国抜き、台湾がトップに2017.08.23

日本と台湾。両者の関係は年々強まっている。2016年度に台湾から日本を訪れた渡航者は約417万人。そして、台湾を訪れた日本人も約190万人となっている。つまり、合わせて600万人規模という相互交流があった(いずれも台湾政府交通部観光局調べ)。 台湾の人口は約2355万人。これを踏まえると、約5人に1人の台湾人が年に1度は日本に赴いていることになる。対成人人口では4人に1人という割合で、韓国が…
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「飛虎将軍」と呼ばれる日本人2016.11.12

台湾南部の古都・台南市の郊外に日本人飛行兵を祭る廟(びょう)がある。正式名称は鎮安堂飛虎(ひこ)将軍廟。飛虎とは戦闘機を意味し、将軍とは神格化された勇士を意味している。ここには先の大戦で命を落とした飛行兵・杉浦茂峰(すぎうら・しげみね)氏が祭られている。 飛虎将軍は武将の神でもあり、勝運をもたらすとされている。神像前に受験票などが置かれていることも少なくない。赤い垂れ幕に記された文字に…
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今も抱かれる望郷の念——湾生と台湾2015.10.16

1895(明治28)年から終戦まで、台湾は日本の統治下に置かれていた。日清戦争後の下関条約で割譲が決まり、台湾および澎湖地区は大日本帝国の一部として統治されることとなった。その後の半世紀、統治機関として設けられた台湾総督府は各種産業インフラを整備し、統治の体制を整えていった。 その後、人々の勤勉な気質に支えられ、台湾は飛躍的な発展を遂げていく。そして、敗戦で日本人が台湾を去った後も、日本…
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