在米政治学者が語る「金正恩体制」の裏

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カーター米元大統領訪朝の橋渡し役をした朴漢植ジョージア大学教授が日本の北朝鮮支援団体の招きで来日、8月8日、都内で朝鮮半島情勢について講演した。

北朝鮮の“鄧小平”を目指す

朴教授は1963年にソウル大卒業後、米国に移住し修士・博士号を取得、米国務省の外交アドバイザーを務めたこともある在米の政治学者だ。通算50回以上訪朝。94年には、カーター元大統領の訪朝をセット、金日成主席(当時)との会談を実現させた。北朝鮮シンパだけに、講演内容にはやや偏りがあるが、逆に金正恩体制の「現在」をめぐる苦悩が伝わってくる。

講演で朴教授は、二つのキーワードを用いて次のように分析した。

一、金正恩(労働党第一書記)率いる「(北)朝鮮」は「普通の国」で、どの国もやるように(1)安全保障、(2)国家の正統性、アイデンティティー、国家の主体性、(3)経済的繁栄―の3つを、この順序通りに追求している。これらなくして国家の存在はあり得ないからだ。

一、国家の始祖・金日成は、安全保障の重要性を繰り返し強調したが、その重要性は今も継続。並行してチュチェ思想=主体思想によって国家のアイデンティティーを追求してきた。

一、それを引き継ぐ金正恩には経済繁栄を達成しようという強い意思が見て取れる。金正恩は「北朝鮮の鄧小平」になろうとしているのだ。

朴教授は、鄧小平が中国に経済的繁栄をもたらしたように、金正恩を「北朝鮮の鄧小平」と見立て、経済改革に向けて「自らの時代の政治を展開していくことになるだろう」と予言した。

重要決定は金正恩ではなくすべて党中央

もう一つのキーワードは、偉大なる国父「金日成」だ。「金正恩体制は強固である」とする朴教授は、その理由について体制の本質が「金日成体制」に他ならないからだ―と断言する。なぜなら「この国は金日成がつくった国。金日成は亡くなっているが、指導者が亡くなったからといって、国がなくなってしまうことはないからだ」。

 「金日成」と「鄧小平」を引き合いに出して金正恩体制を分析した朴教授。その講演は、順調な体制移行を喧伝しようとするプロパガンダ的色彩が強いが、教授は質問に答え、端なくも口にした。「この体制は、重要な決定は金正恩がするのではなく党中央がしている。金正恩は、決定事項を自分個人で判断するようなことはなく、また決定することを自ら望んでもいない。経験ある人に聞いて、象徴的なことは自らの名前で発表するが、決定自体は集団的な政治体制に基づいて行われている」―と。 

 朴発言から読み取れるのは、国家の祖・金日成が築いたものを礎として、孫・金正恩が国家を運営しているという構図だが、そこからは「金正恩体制=金日成体制」というレトリックが浮かび上がる。昨年暮れ、父・金正日死去以来、福々しい顔、刈り上げの頭髪、服装等々―後継者・金正日には祖父・金日成を想起させる様々な演出が凝らされている。そこからは、国家創設者の権威を最大限利用する一方で、先軍政治をひた走ってきた金正日路線に修正を加え、経済改革路線にかじを切ることで、金王朝の体制移行を成し遂げようという意図がうかがえる。

電撃解任は金正日路線の修正

第一弾として実行されたのが、李英鎬(軍総参謀長)の電撃的解任だ。首謀者は、金正日の妹・金敬姫の夫・張成沢(労働党行政部長)。妻を通じて金王朝につながる「血脈」に支えられた張成沢は、金日成の威光を身にまとった金正恩という「玉」を戴いて実質的に権力を取り仕切っている。そこからは、金正日が微妙なバランスの上に乗っていた軍と、対峙(たいじ)する姿が視野に入ってくる。これは、軍部内の権力闘争に加えて軍との壮絶なバトルを予感させるものだ。

 金王朝の権力移行は、「今のところ安定的に進んでいるものの、中長期的には不確実な様相を呈している」(外務省情報当局者)。

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