天皇陛下、「生前退位」を巡りお気持ちを表明

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天皇の位を譲る意向、強くにじむ

天皇陛下が生前に皇太子さまに皇位を譲る「生前退位」を巡って、宮内庁は8月8日午後3時、陛下の国民に対するビデオメッセージを公開した。陛下は、憲法が定める「国民統合の象徴」としての務めに関する自身のお気持ちを表明された。

事前に撮影された10分余りのメッセージの中で、陛下は「日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました」と述べられた上で、「既に80を越え、幸いに健康であるとは申せ、次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています」と、82歳となる今の体調や加齢の影響に言及された。そして「天皇の高齢化に伴う対処の仕方が、国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます」と話され、将来的に公務を全うできなくなる場合に備えて天皇の位を譲る意向が強くにじみ出たお気持ちを示した。

さらに、昭和天皇のご病気や崩御の際、社会に自粛ムードが広がったことを念頭に、「天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます」などとされて、「こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが、胸に去来することもあります」とも述べられた。

現在、皇室制度を定めた「皇室典範」には天皇退位の規定はなく、生前退位の実現には国会による皇室典範改正や特別立法が必要となる。しかし、象徴天皇制の下で、憲法4条は「天皇は、国政に関する権能を有しない」と規定しているため、法整備を求める政治的発言にならないよう、直接的に「退位」の言葉を用いることは避けられた。

安倍晋三首相は、陛下のメッセージ公開後、「天皇陛下が国民に向けてご発言したことを重く受け止めている」とした上で、「陛下のご心労に思いをいたし、どのようなことができるのかしっかりと考えていかなければならない」と述べた。

生前退位については、国内主要メディアが7月13日、宮内庁など政府関係者からの情報として、皇太子さまへの譲位を希望していると一斉に伝えていた。今回のメッセージは、報道を受けて自身の考えを国民に直接伝えたいとの陛下の希望に基づくもの。

国民の多数は生前退位の意向を支持しており、共同通信が8月3、4両日に実施した世論調査では、85.7%が「できるようにした方がよい」と回答。陛下の公務が多いと認識している人も89.5%に上っている。

誕生日の記者会見以外に陛下がお気持ちを表明されるは異例。国内外に伝えたいという陛下の考えから、宮内庁は映像や日本語全文に加えて、英訳も公表する。ビデオメッセージは今回で2回目。前回は東日本大震災直後の2011年3月16日、約5分半にわたり国民に語り掛けられた。

バナー写真:葉山御用邸での静養を終え、車で皇居に戻られる天皇、皇后両陛下=7月14日、神奈川県葉山町(時事)

天皇陛下ビデオメッセージ全文

戦後70年という大きな節目を過ぎ、2年後には、平成30年を迎えます。

私も80を越え、体力の面などから様々な制約を覚えることもあり、ここ数年、天皇としての自らの歩みを振り返るとともに、この先の自分の在り方や務めにつき、思いを致すようになりました。

本日は、社会の高齢化が進む中、天皇もまた高齢となった場合、どのような在り方が望ましいか、天皇という立場上、現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら、私が個人として、これまでに考えて来たことを話したいと思います。

即位以来、私は国事行為を行うと共に、日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました。伝統の継承者として、これを守り続ける責任に深く思いを致し、更に日々新たになる日本と世界の中にあって、日本の皇室が、いかに伝統を現代に生かし、いきいきとして社会に内在し、人々の期待に応えていくかを考えつつ、今日に至っています。

そのような中、何年か前のことになりますが、2度の外科手術を受け、加えて高齢による体力の低下を覚えるようになった頃から、これから先、従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合、どのように身を処していくことが、国にとり、国民にとり、また、私のあとを歩む皇族にとり良いことであるかにつき、考えるようになりました。既に80を越え、幸いに健康であるとは申せ、次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように,全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています。

私が天皇の位についてから、ほぼ28年、この間私は、我が国における多くの喜びの時、また悲しみの時を、人々と共に過ごして来ました。私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に、国民統合の象徴としての役割を果たすためには、天皇が国民に、天皇という象徴の立場への理解を求めると共に、天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました。皇太子の時代も含め、これまで私が皇后と共に行おこなって来たほぼ全国に及ぶ旅は、国内のどこにおいても、その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井の人々のあることを私に認識させ、私がこの認識をもって、天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした。

天皇の高齢化に伴う対処の仕方が、国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます。また、天皇が未成年であったり、重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には、天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし、この場合も、天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。

天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。更にこれまでの皇室のしきたりとして、天皇の終焉に当たっては、重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ2ヶ月にわたって続き、その後喪儀に関連する行事が、1年間続きます。その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから、行事に関わる人々、とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが、胸に去来することもあります。

始めにも述べましたように、憲法の下、天皇は国政に関する権能を有しません。そうした中で、このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ、これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました。

国民の理解を得られることを、切に願っています。

ビデオ(宮内庁ウェブサイト):
http://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/detail/12

 

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