「年内に日ロ間で平和条約締結を」:プーチン発言をどう読むか-佐藤優氏に聞く

政治・外交

ロシア・ウラジオストクで12日に開催された「東方経済フォーラム」で、ロシアのプーチン大統領は「前提条件なしに年内に日ロ間で平和条約を締結しよう」と提案した。このプーチン発言をどう読むべきか、作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏に聞いた。

佐藤 優 SATŌ Masaru

1960年東京都生まれ。作家・元外務省主任分析官。日本外務省切っての情報分析のプロフェッショナルとして各国のインテリジェンス専門家から高い評価を得た。イギリスの陸軍語学学校でロシア語を学んだあと、モスクワの日本大使館に勤務し、クレムリンの中枢に情報網を築きあげた。著書に『国家の罠』『自壊する帝国』(いずれも新潮文庫)など多数。

「2島返還」に含みを持たせた発言か

編集部 前日に行われた安倍・プーチン会談では全く持ち出されなかったこともあり、日本側では唐突に投げ込まれた“くせ球”と受け取る向きがありますが?

佐藤 日本のメディアの報道ぶりをみると、プーチン大統領が突然、北方領土交渉を先送りして平和条約を締結するという変化球を投げてきたという報道が多いが、それは違うと思います。大統領が「1956年の日ソ共同宣言は、調印しただけでなく、日本とソ連の双方で批准された」と述べていることに着目すべきでしょう。

日ソ共同宣言の9項には、「ソヴィエト社会主義共和国連邦は、日本国の要望にこたえかつ日本国の利益を考慮して、歯舞群島及び色丹島を日本国に引き渡すことに同意する。ただし、これらの諸島は、日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の平和条約が締結された後に現実に引き渡されるものとする」と明記されています。平和条約締結後、ソ連は歯舞群島と色丹島を日本に「引き渡す」ことを約束しているのです。ここでは「引き渡し」と中立的に書かれているが、日本側の立場からすれば「返還」と解釈していいと思う。

編集部 ならば、北方領土の返還は「ゼロ」でななく、「歯舞・色丹の2島返還」が含みになっていると考えていいのでしょうか。

佐藤 ロシア側の立場からすれば、「クリル諸島」(北方四島と千島列島に対するロシア側の呼称)は第2次世界大戦末期に連合国の取り決めによって合法的に日本からロシアに移転したものなので、返還ではなく、贈与することになるのです。もっとも贈与と言われても、当時有効だった日ソ中立条約を侵犯してロシアは日本から北方四島を奪取したわけで、歯舞群島と色丹島を寄贈すると言われても筋が通らないので受け取るわけにはいかない。そこで「引き渡し」という中立的な文言を用いて、日本は返還、ロシアは寄贈と解釈し、お互いの解釈についてはあえて詰めないという外交の知恵が共同宣言に現れているのです。

国後、択捉両島、経済面で「日本の影響力」保持も

編集部 プーチン大統領はどんな筋書きを考えているのでしょうか?

佐藤 まず今年中に日ロ平和条約を締結し、歯舞群島と色丹島の主権は日本に、一方、国後島と択捉島の主権はロシアに帰属させる。さらにこの平和条約に、「歯舞群島と色丹島の引き渡しに関する協定は、協議を継続した上で策定する」と定めるのではないでしょうか。そうなれば、法的には歯舞群島と色丹島が日本領であることが確定し、領土の帰属に関する問題が解決することになります。沖縄、奄美、小笠原の施政権は米国に残りましたが、1951年のサンフランシスコ平和条約に日本が署名したことと類比的に考えればいいでしょう。

プーチン大統領は、歯舞群島と色丹島を日本に引き渡しても、在日米軍が北方領土に駐留するような事態にはならないという言質を日本から取ったので、このような踏み込んだ発言をしたのだと思います。

編集部 国後、択捉の扱いについて、日本国民の理解が得られる案になり得るのでしょうか?

佐藤 平和条約が締結されれば、国後島と択捉島に対するロシアの統治を合法と認めた上で、両島の土地の一部を賃借し、そこに日本が独自の規則を定めて、共同の経済活動を行う案はどうでしょうか。そういう形なら国後島と択捉島に日本の影響力を及ぼすことができると思います。中国が海洋に進出し、中ロが大がかりな演習をしている現状をみれば、検討に値する選択肢だと思います。

バナー写真:東方経済フォーラムで発言するロシアのプーチン大統領=2018年9月12日、ウラジオストク(代表撮影/ロイター/アフロ)

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