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[ニュース]中曽根首相、中韓国交へ仲介試み=胡総書記、北朝鮮反発を懸念−外交文書公開
[2017.12.21]

外務省は20日、1980年代半ばまでの外交文書ファイル25冊を公開した。それによると、中曽根康弘首相が86年に中国を訪問した際、胡耀邦共産党総書記との首脳会談で中韓両国の国交正常化に向けた仲介を試みる一方、胡氏が北朝鮮の反発を強く懸念し、消極的な姿勢を示したことが分かった。(肩書は当時)

中曽根氏は86年11月8日、胡氏と北京の人民大会堂で会談。秘密保持を求めた上で、「韓国首脳から、中国との国交、それに至らぬとしても、民間交流の拡大を希望していると中国政府に伝えてほしいと言われた」と発言した。また、「貿易事務所のようなものを北京とソウルに相互設置したい。通商代表部ならもっと良い」とする韓国側の意向も伝達した。

当時の韓国トップは全斗煥大統領で、中曽根氏は同年9月に訪韓し、会談している。中国宛てのメッセージはこの時に預かった。

胡氏は中曽根氏に対し、「現状で新たな一歩は踏み出せない。北朝鮮が怒り、中国の発言権がなくなってしまう」「北朝鮮に受け入れられ、他の社会主義国も賛成するものを考えなければならない」などと回答。金日成主席が当時統治していた北朝鮮との関係を悪化させたくないとの立場を再三強調した。

中曽根氏が「日中間の定期航空便が南北朝鮮の上空を通過できないか」と持ち掛けたのに対しても、胡氏は「北朝鮮はやりたくないだろう」と難色を示した。中曽根氏は「中韓間に貿易事務所のようなものができれば、平壌と東京に同様のものを設置することを考慮してもいい」と日朝接近のカードも切ったが、胡氏は「北朝鮮の感触を聞いてみる」と述べるにとどめた。

韓国と北朝鮮の関係について、胡氏は「対話実現を希望しており、緩やかな連邦政府を組織できないかと考えている。一方が他方を『食う』とならないことが重要だ」と語った。

中韓両国が国交を回復したのは92年8月で、胡氏は既に死去していた。

外務省は原則、作成から30年が経過した外交文書を定期的に公開。東京・麻布台の外交史料館で閲覧できる。

◇中曽根元首相コメント

中曽根康弘元首相のコメント 対米関係の足場をつくるためにも、韓国や中国といかに良好な近隣関係を築くかに最も心を砕いた。そのためには、首脳同士の個人的信頼関係をつくることが重要だった。日本は、アジアの一員であると同時に、国際社会でアジアを背景に発言し、欧米とアジアをつなぐ役割があった。

中国の胡耀邦共産党総書記は、個人的にも大事な友人で、日中関係を改善する上でも大事な存在だった。韓国を含めた日中韓の関係改善の努力は、アジアで新たな経済や安全保障の枠組みの端緒を開く可能性を有していた。開明的で進歩的だった胡氏の失脚で、中国の自由化・民主化が一時後退したことは否めない。

[Copyright The Jiji Press, Ltd.]

  • [2017.12.21]
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