音楽で社会変革する「エル・システマ」が被災地に上陸

社会 文化

発祥はベネズエラ

1975年、経済専門家で自らもオーケストラを指揮するホセ=アントニオ・アブレウ氏が、ベネズエラ人による芸術文化活動を求めて、ベネズエラ人によるオーケストラを結成したのが「エル・システマ」の始まりである。エル・システマは、グスターボ・ドゥダメルという世界的な指揮者を生み出したことで有名だが、そういったプロフェッショナルの養成を行うのみではない。無償で楽器を貸与し、児童レベルから行う音楽教育が、国家プロジェクトとして広がっていった。

現在では、貧困対策・犯罪防止のプログラム、青少年育成のための楽器修復ワークショップ、身体の不自由な子供たちのコーラスなども行っている。音楽技術の向上のみならず、子供たちを通じてその家族、社会に希望を持たせることで、社会の変革を目指すことを目的としている。そうした取り組みが評価され、2008年には、スペインのアストゥリアス公賞の芸術部門で受賞している。

相馬市で始まった日本版エル・システマ

そのエル・システマが日本にも上陸した。東日本大震災で被害を受けた福島県相馬市では、子供たちの生きる力を育むために音楽の課外活動を始めており、将来的にはオーケストラも結成するという。その活動を推進するのは、エル・システマ ジャパン(2012年3月設立)の代表、菊川穣さん。菊川さんは、南アフリカ、レソト、エリトリアなどのアフリカのユネスコ、ユニセフの現場で活躍された方で、日本でのエル・システマの活動として、相馬の人々の「郷土愛に基づくアイデンティティ」を大切にした、「地元に根付いた持続可能な仕組み」を考えているという。

福島県相馬市の子供たちによる音楽課外活動風景。(写真提供=エル・システマ ジャパン)

 

長期的視点に立った社会支援プログラム

世界的なチェリスト、パブロ・カザルス(1876~1973年)は、困った人に手を貸したいと思うのは自分だけではない、行動を起こせば周りを巻き込むことができると信じていた。そして20世紀初めのバルセロナで、厳しい労働環境下にあり音楽とは無縁の生活を送っていた労働者たちのための「労働者コンサート協会」を設立。その後、自分たちの合唱団やオーケストラを持つまでに成長した。まさにエル・システマの志とも通ずる、音楽による社会支援の先駆けと言えよう。プロの演奏者のコンサートに招待するといった単発のイベントだけではなく、労働者たち自身が運営に責任を持ち、そして演奏をすることが長期的には社会全体のためになると考え、個人のイニシアティブで実行したのである。

カザルスもスペイン内戦で亡命を余儀なくされ、出身地カタルーニャの音楽を演奏し郷土愛に基づくアイデンティティを確認して、同郷人たちを励まし続けた。生活基盤がある程度安定したら、次に彼らが求めるものは何か。子供たちには、未来がある。周りを巻き込むパワーがある。効率性、結果が即時に出やすい特効薬を求める短期的な視点からの評価ではなく、日本でエル・システマがどのように受け入れられていくのか、長期的な視点で見守っていきたい。

(2012年9月12日 記)

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