安倍演説は小心なる“炬燵(こたつ)弁慶”

政治・外交

「なんだこりゃ」と思わずつぶやいたのが、国会での首相・安倍晋三の所信表明演説(2013年1月28日)であった。所信表明でなく小心表明だ。危機だ、危機だと14回も繰り返したのはよいが、尖閣の「せ」の字も、原発の「げ」の字も、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)の「T」もない。就任後初の演説から垣間見えるものは、“小心翼翼”ぶりでしかない。

本会議に先立つ自民党の両院議員総会では、「この国会は極めて大切な国会だ。まさに日本を取り戻す第一歩となる国会だ」と発言したから、これは相当すごい演説になるぞと思ったら、拍子抜け。家の中では威勢がいいが、外に出ると打って変わる“炬燵(こたつ)弁慶”とはこのことだ。

訪中の公明党・山口代表へ“ねぎらい”の言葉さえなし

筆者も長いこと政治記者をやっているが、首相演説の内容より、言わなかったことを列挙するのは初めてだ。聞きたいことは多かった。何と言っても喫緊を要する対中外交にどう臨むかだ。訪中した公明党代表・山口那津男が1月25日に中国共産党総書記・習近平と会談、対話への突破口を開いたばかりである。対中関係は避けて通れぬ課題だ。首相の見解は当然出されるべきだった。せめて、山口にねぎらいの言葉くらいかけてもおかしくなかった。

原発もTPPも国論を二分する課題だ。しかも原発は国の命運を左右する問題であり、自民党は総選挙において再稼働を宣言して戦った。勝利を収めた途端に引っ込めるのは、明らかに公約違反だ。異論のあるテーマは一切避けて、誰も反対しない経済再生など無難なテーマに絞った“逃げ”ともいえる演説だった。

目立つ党利党略の安全運転

所信表明演説について、自民党内には「思慮深い」という声があるが、果たしてそうか。ことは首相就任早々の所信表明である。総選挙に圧勝した党の首相発言として固唾(かたず)をのんで聞くことになる。それが肩透かしだ。「1カ月後に施政方針演説があるから重要課題は先に回す」というのが本人とブレーンらの判断らしいが、まさに誤判断だ。なぜなら1カ月がたてば国会審議の過程で、すべての課題は掘り尽くされ、施政方針などはもぬけの殻の“二番煎じ演説”にならざるを得ないからだ。

就任早々からブレーンの誤判断が目立つ。自民党は安全運転に徹すると言うが、それは国民のための安全運転ではなく、党利党略優先の安全運転ではないか。

演説に先立って、民主党幹事長・細野豪志がいいことをNHKの討論番組で言っていた。「自民党の(総選挙)公約に目を向けると、竹島の日(の政府式典開催)とか、尖閣に公務員を常駐させるとかを掲げた。われわれもマニフェストでできなかったことがある。そこは反省する。しかし自民党は初めからやる気がなくて言っていたとしか思えない。そうだとすれば、これは罪深いと思う」と指摘したのだ。まさに公約違反の“確信犯”だというのだ。民主党のマニフェスト批判を繰り返してきた安倍が、今度は攻守所を変えてで攻められることになった。

急所を突いた小泉進次郎の評

自民党青年局長・小泉進次郞からまでも「野球ではいくら守りに徹しても、1点取らなければ勝てない。攻めるところは攻めなければならない」と言われてしまってはどうしようもない。

要するに安倍も自民党幹事長・石破茂も、衆参ねじれ国会を意識するあまりに、超安全運転に徹する姿勢を貫くつもりらしい。もちろん参議院選挙で勝利し、長期政権を狙ったものであるが、「虎穴に入らずんば虎児を得ず」である。断言しておくが、長期政権などは狙って実現できるものではない。懸案に真っ正面から立ち向かってこそ実現可能となるのだ。“水物”のアベノミクスを売るだけで国会を乗り切ろうとする姿勢では、早々に支持層が離反すると心得るべきだ。

(2013年1月29日 記、文中敬称略)