「乾杯条例」のブーム化

政治・外交 社会

地酒や清酒による乾杯をすすめる「乾杯条例」制定の動きが全国の自治体で広がっている。大方は地方議会の議員提案という形で制定されている。財政難の下でブランド競争を迫られる自治体側の事情が急速な普及の背景にある。最近は乱発気味の感も否めないが、これまで低調だった議員提案による政策条例制定への抵抗感を弱めた意味において、軽視できない動きだと言えよう。

京都市の清酒が端緒

乾杯条例は昨年1月、京都市議会が「京都市清酒の普及の促進に関する条例」を施行したのが端緒となった。ビールやシャンパンでなく清酒による乾杯の習慣を広め、日本文化への理解を深めることを目的に4条で構成されている。罰則など義務的な拘束力はなく、業者による普及への主体的な取り組みや、市民の協力を求めた内容。伏見の蔵元らの運動が議会を動かし、議員提案で制定された。

そのユニークさが注目され、原料米「山田錦」の産地で知られる加東市、三木市(兵庫県)など一気に酒どころの自治体を中心に広がった。日本酒造組合中央会によると、1月中旬時点で22の自治体で清酒、日本酒による乾杯条例の制定が確認されている。

最近は日本酒以外の乾杯条例も目立つ。焼酎がさかんな九州ではいちき串木野市(鹿児島県)、日南市(宮崎県)などで「本格焼酎」による乾杯条例ができた。富良野市(北海道)は「まずはふらのワインで乾杯条例」、愛知県常滑市は「常滑焼の器に注いだ地酒による乾杯を推進する条例」など、地方ブランドのアピールと普及をにらみ、多様化している。やはり酒造中央会によると、バラエティー型も含めると乾杯条例はすでに45もの自治体で確認されている。

「嗜好」めぐる議論も

一躍脚光を浴びた格好だが、いくら罰則や強制を伴わなくとも、個人の嗜好に関わる分野で自治体が条例を制定することには賛否がある。実際、条例制定の陳情を受けたものの、個人の嗜好に関わるとして見送った自治体もある。

乾杯条例が通例、市長など自治体の首長による提案でなく、地方議会の議員提案で制定されるのも嗜好に関わる問題だけに首長が音頭を取りにくい事情があるようだ。

特定の酒類による乾杯よりも、食文化を支援する側面を強調した条例も最近は目立つ。たとえば金沢市(石川県)は「金沢の食文化の継承及び振興に関する条例」で加賀料理をはじめとする食文化の継承と振興を掲げている。鹿児島県は個人の嗜好と意思を尊重しつつ、県外からの客を焼酎でもてなし、焼酎文化の普及と産業振興を目指す「かごしま本格焼酎の産業振興と焼酎文化でおもてなし県民条例」を定めた。

嗜好の問題という微妙な論点をはらみながらも乾杯条例が急速に広がった背景には財源不足という制約の下、目に見える政策アピールを迫られる自治体側の事情がある。とりわけ「ゆるキャラ」ブームを端緒に自治体のブランド競争は過熱している。熊本県の「くまモン」が2年で1200億円の経済効果を生んだという試算すらある。そんな中、あまり元手をかけずにメディアを通じてのアピール効果が期待できる意味で「乾杯条例」は渡りに舟だった。

議員提案活発化のさきがけとなるか

同時に乾杯条例のブーム化が、地方議会における議員提案条例制定の背中を押した効果も軽視できない。

住民から活動が目に見えにくい地方議会の改革に向け、住民への報告会や議会での討論の活性化などを盛り込んだ議会基本条例の制定が全国の自治体で広がっている。

だが、政策に関する条例の提案は依然として首長側にほぼ独占されているのが実情だ。予算措置が必要な条例を定めるには首長との事前調整が実際には必要なうえ、政策の立案機能の担い手たり得るような議会側の体制も十分でないためだ。多くの地方議会にとって、政策条例制定のハードルは高いと言わざるを得ない。

それだけに、乾杯条例が議員提案による政策条例の抵抗感を弱めた意味は小さくない。乾杯条例を純粋な意味での政策条例に含めることに否定的な見方もある。だが、比較的手がけやすく「政策条例デビュー」にはむしろ適した領域とみるべきだろう。

しかし、これほど制定する自治体が増えると「乱発」の印象もある。とりわけ問題なのは他の条例をコピーするような形で、酒どころとも言えないような自治体が安易に制定するような傾向が出かねないことだ。「乾杯条例」をその自治体が制定する納得感に加え、どのように条例を生かして地域ブランドを育てていくかという、自治体としての戦略がこれからはますます問われることになる。

議員提案による政策条例の制定については防災、自殺防止、空き家対策などで地方議会の意欲的な取り組みもこのところ目立ってきた。こうした動きに「乾杯条例」ブームが連動し、政策条例全般について議員提案が活発化するうねりが果たして起きるか。来春の統一地方選に向け、地方議会のひとつのポイントとなるだろう。

乾杯条例一覧

都道府県 制定自治体 条例名
北海道 富良野市 まずはふらのワインで乾杯条例
福島県 南会津町 乾杯条例
茨城県 笠間市 地酒を笠間焼で乾杯する条例
栃木県 栃木県 とちぎの地元の酒で乾杯を推進する条例
埼玉県 秩父市 乾杯条例
千葉県 神崎町 日本酒で乾杯を推進する条例
石川県 白山市 白山菊酒の普及の促進に関する条例
愛知県 常滑市 常滑焼の器を使った乾杯を推進する条例
三重県 伊賀市 乾杯条例
京都府 京都市 清酒の普及の促進に関する条例
与謝野市 地酒の普及の促進に関する条例
和歌山県 海南市 地酒で乾杯を推進する条例
田辺市 紀州梅酒による乾杯及び梅干しの普及に関する条例
兵庫県 西宮市 清酒の普及の促進に関する条例
姫路市 日本酒の復興及び日本酒を活用した地域観光の促進による地域の活性化に関する条例
明石市 明石市の伝統産業である清酒による乾杯の普及の促進に関する条例
三木市 日本酒による乾杯を推進する条例
加東市 日本酒による乾杯を推進する条例
篠山市 丹波篠山ふるさとに乾杯条例
新温泉町 日本酒の普及の促進に関する条例
奈良県 奈良市 清酒の普及の促進に関する条例
島根県 邑南町 地酒による乾杯を推進する条例
津和野町 地酒で乾杯を推進する条例
岡山県 真庭市 地酒で乾杯を推進する条例
広島県 東広島市 日本酒の普及の促進に関する条例
三次市 三次の酒で乾杯を推進する条例
徳島県 三好市 地酒で乾杯を推進する条例
佐賀県 佐賀県 日本酒で乾杯を推進する条例
鹿島市 日本酒で乾杯を推進する条例
有田町 有田焼の酒器による乾杯を促進する条例
長崎県 壱岐市 壱岐焼酎による乾杯を推進する条例
波佐見町 波佐見焼の器で乾杯を推進する条例
熊本県 多良木町 焼酎による乾杯を推進する条例
宮崎県 日南市 地元本格焼酎による乾杯を推進する条例
鹿児島県 いちき串木野市 本格焼酎による乾杯を推進する条例

2014年1月6日時点、nippon.com調べ

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