日本の教育の価値を考える “Think different” Part 2

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エジプトにいた頃、私の住んでいた街にサンドイッチ屋さんがあった。値段も手頃で、そこそこの人気。店自体が屋台に近い作りで、カウンターの中にキッチンがあり、その中で店主がハンバーガーを焼いてくれる。味の方はというとまあ普通。人によってはまずいと言うかもしれないが、私はなぜかその店が好きで、ほぼ毎日通い詰めていた。好きだったのは店主の面白い話、おまけで付けてくれるうまい漬け物だった。

もし今、その店の魅力について「本質価値」と「付加価値」で評価するとしたら、本質価値の部分では他の店に負けているかもしれない。だが、付加価値の部分ではきっとどこにも負けていない。もしかすると店主のおしゃべりと漬け物の戦いでは他を圧倒するかもしれない。

日本で学ぶことの付加価値とは?

本質価値と付加価値という問題はかなり複雑で、一筋縄ではいかない。教育もそうである。

科学技術の頂点を極めた日本は、身につける技術やノウハウといった教育の本質価値の部分では世界の誰にも負けない存在である。しかし付加価値ではどうなのだろうか。そして、その付加価値は世界に伝わっているのだろうか。

「日本で学ぶことの付加価値って何?」

外国機関や外国人にこう聞かれたら、日本の教育関係者は何と答えるのだろうか。おそらく多くの方が分かっていないことのひとつだと思う。

そもそも付加価値とは、「何らかのモノを使って新しいモノを生み出すと、元々のモノより高価値なモノとなる」ことを意味する。例えば、日本の科学技術は大変優れていると世界的にも定評があるが、科学技術が優れている国は決して日本だけではない。他の国とは違う、日本ならではの「何か」があるはずだ。

もし私が「機械工学」を日本で学ぶことになったとして、自分の国や他の国で学ぶのと日本で学ぶのはどこが違うのだろうかと考えたとき、日本ならではの「何か」が見えてくるはずである。

留学生たちが日本人から学んだもの

「日本に留学して良かったと思うか。また、その理由について教えてください」

留学生の友人や知り合いにこの質問をぶつけてみた。ありきたりの質問だが、その人が何を学び、また何を望んでいないのかがよく分かる。

筆者が得た留学生の声をいくつか紹介しよう。

「自分はサウジアラビアにいたとき、自分の発言や行動を他人がどう思うか、そんなに気にしていなかった。日本人がそれを一番に考えて行動していることを知って、世界を自分の目からだけでなく、他人の目からも見るようになった。結果、自分をコントロールすることを学んだ」(サウジアラビア人留学生・理工学部在学)

「日本人は、結果より過程を重視している国民である。『頑張れ、頑張れ』といつも言っているのもその精神性の現れだと思う。日本のモノづくりにおいても、結果より過程が一番大事な要素だと学んだ」(UAE人留学生・工学部在学中)

「論理的な考えや理屈だけで相手を説得しようとする欧米型コミュニケーションとは違うタイプのコミュニケーションが日本にはある。留学期間、日本人との議論や関わり合いを通して学び、その結果、自分の考えを通すことより相手との気持ちのやりとりを重視するコミュニケーションスタイルが身についた」(エジプト人留学生・人文科学系大学院生)

日本人の“精神性”こそ付加価値

日本で学んだ経験のある留学生の声は様々なのだが、彼らの見方で明らかなのは、科学技術などといった日本教育の本質価値以上に、和、礼、信、忠、美など日本人ならではの精神性という付加価値的な部分に対する関心の方が大きいようである。

日本政府が決定した留学生誘致と大学の国際化戦略「留学生30万人計画」では、日本の大学が国際教育のイノベーションを起こすことが重要なキーワードとなっている。しかし、イノベーションの具体的なイメージがわかないという大学も多いだろう。

そもそもイノベーションとは付加価値を新たに創出することだと、私は考えている。「英語」という安価な原材料を使って、日本ならではの「大学教育」という高額な商品を作り出せば付加価値が高くなるというわけではない。「日本留学」という商品を買ってくれた世界各国の「留学生」の生活を豊かにするような新たな価値を創出しなければならないのである。他国では得られないような価値を創出することが、今、日本の大学や教育現場に求められている。

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