いよいよ出口が気にかかる日本国債の将来

政治・外交 経済・ビジネス

最悪期は脱したものの、まだ長期停滞の中にある世界経済

日本は1990年以降、バブル経済崩壊後のバランスシート調整という未曽有の事態が続いた。一方でアメリカやヨーロッパも、日本ほどではないにしても、2007年以降というのは、戦後最大の、というより大恐慌以来の大きな調整にあったということも押さえておく必要がある。バランスシート調整とは投機的な環境が続いたことで、民間部門で不良資産と負債が大幅に積み上がった後、財政支出を行い、経済を支えながら、損失を出して資産処分を行わせ、結果として民間部門の負債を政府部門の負債に移し替える過程である。当然、民間経済の規模縮小を招き、デフレ局面となる。07以降、世界中が深刻なバランスシート調整に陥っているのである。

この状況で、日本の調整はかなり終盤に来ているが、アメリカも2013年ぐらいから、ようやく出口に向かい始めた。とはいえ戦後最大のバランスシート調整を抱えた後の大病の後の回復だから、まだ弱い。ヨーロッパはアメリカよりももっと深刻でまだ停滞の中にある。財政規律と景気低迷の板挟みになる形で、これまでの日本のような問題の長期化が予想される。調整の重みはアメリカよりも大きい。中国は、07年以降、世界的な経済調整の影響を回避するために、大型の経済対策をとり続けてきたが、それが不動産部門などで投機的状況を招いてしまった。本格的な調整はまだこれからなのである。

これが世界的に言われているセキュラースタグレーション、長期停滞論、場合によっては、「日本化」と呼ばれている状況である。11月中旬にオーストラリアのブリスベーンで開かれたG20サミットで、「世界の需要が不足している」「世界の経済成長を2%底上げしなければならない」「場合によってはインフラを拡充しなければならない」という議論が行われる状況なのである。

短期では下落、しかし確実に回復基調にある日本

ただ、日本経済の外部環境ということでいうと、2年前、安倍政権の発足前夜の頃は、もっと世界中の景況感が悪かった。しかし、現在は、中国など新興国とヨーロッパが悪いが、アメリカがそれなりに回復してきているという点からすると、最悪期は脱している。日本自体も、この2年間で資産価格の大幅な回復がみられた。全体として、最悪期を脱するために、強烈な政策を打ってきたが、その効果が出てきたといっていい。

例えば、日本の場合、バランスシート調整という病が20年以上続いた。回復期とはいえマインドが完全になえてしまっている。アベノミクスは、長期停滞のマインドをどう変えるかに、中心課題があると考えてよい。

2014年4-6月期、7-9月期のGDP成長率がマイナスになったことが、今回の解散・総選挙という政治的動きにまでつながったとされている。その中で、4月の消費税の5%から8%への引き上げが問題視されているが、それだけが要因だろうか。鉱工業生産指数を見ると、リーマンショック後、おおよそ2年の周期で変動しているが、直近では12年11月がボトムで14年1月がピーク、そこから下落がはじまっている。消費税引き上げ前の駆け込み需要と引き上げ後の反動は大きかったかもしれないが、9月には高めの伸びとなり回復の兆しを示している。短期のサイクルでは底を打ってくるとみている。

長期のサイクルでは先に述べたように、90年代から続いていたバランスシート調整が終わり、まだ弱々しいながら徐々に回復に向かっているという基調は変わっていないと考えられる。

消費税再引き上げ延期で実は「トリプルメリット」

このような背景を考えると、今回、2015年10月に計画されていた消費税の引き上げを、延期する必要はなかったのではないかと考えている。しかし、現実には1年半、先延ばしにされた。その影響はどのような形で出てくるだろうか。

直前の10月31日に日本銀行が量的緩和の大型追加策を打ち出している。また、原油価格が6月中旬から20%以上、下落している。これは原子力発電所の完全停止で、化石燃料への依存度が高まり、しかも円安下にある日本経済にとって福音となっている。さらに補正予算による緊急経済対策は、最終的には真水で4兆円規模になるのではないか。これに消費税引き上げ延期が重なると、思いのほか短期的な経済の刺激が強くなると考えたほうがいい。

これは「トリプルメリット」である。円安、財政出動、原油価格の下落の3つの効果が、回復基調の上に一気に乗ってくる。プラスの刺激は強烈である。2014年度の実質GDP成長率はマイナス0.4%と予想しているが、15年度はプラス2.5%まで跳ね上がるとみている。しかも名目成長率は15年度、プラス3.3%まで伸びると予想している。この3.3%とは1991年度以来の水準なのである。しかも消費税の引き上げが延期され、その分の物価上昇が無いわけだから、名目成長の分は実質所得の上昇につながってくる。

今度こそ本当に「国債暴落」を懸念すべき局面

では2015年にはバラ色の未来があるのかと言えば決してそうではない。アキレス腱がある。日本国債の問題である。

日本が90年代から経験したようなバランスシート調整と政府債務の膨大な積み上がりという現象を、歴史的に比較できるとしたら、その規模からも性格からも、アメリカの大恐慌とその後の経験しか実例はない。1929年に始まったアメリカの大恐慌は、その後、長期で大規模な財政出動と連邦準備銀行による徹底した国債市場管理を行って、ようやく回復。経済運営が正常に戻るまで1951年までかかった。

ニューディール政策がことさら注目されるが、実は政策的に最も注意を払わなければならないのは景気回復期なのである。景気回復期には資金需要が増し金利が上昇する。長期金利の上昇は、すなわち国債価格の下落である。このときアメリカでは「ペギング(くぎづけ)」とよばれる政策で連銀が大規模金融緩和を行い、強引に長期金利を2.5%に抑え込み続けた。そして、最終段階で「ボンドコンバージョン」とよばれるクーポン交換で、事実上、連銀が民間銀行保有の国債を引き取った。こうして出口を出切ったあと、1951年に、以後、連銀が国債価格に責任を持たないという取り決め「アコード」が財務省との間で結ばれ、アメリカの経済運営は平時に復帰するのである。

現在の黒田日銀「異次元緩和」は、実質的に大恐慌後のアメリカのような「ペギング政策」を行っているとみていい。そこに今後、景気が急加速すれば、金利上昇圧力も急上昇する。日本の国債市場をこれまで支えてきた要素は2つある。経常収支の黒字と、日本国債の出資者である民間経済からの政府・日銀の政策への暗黙裡の信頼である。経常収支の黒字は、徐々に縮小しており、慢性的なマイナス体質になるとは見ていないが、かつてのような潤沢な黒字は期待すべくもない。その中で市場の信認をつなぎとめるのは政府の政策スタンスなのである。

経済刺激策が劇的に効いて、バラ色に思えるそのときこそ、政策担当者は財政再建に対し明確なサインを示さなければならなくなる。現在と対極にある、その最も重要な局面が、今度こそ訪れるかもしれないのである。

世界経済の見通し――主要各国の実質GDP成長率(暦年:前年比%)

 2012年実績2013年実績2014年予測2015年予測
予測対象地域計 3.2 3.1 3.2 3.5
 日米ユーロ圏 1.1 1.2 1.5 2.1
  アメリカ 2.3 2.2 2.2 2.9
  ユーロ圏 ▲0.7 ▲0.5 0.8 1.0
  日本 1.5 1.5 0.4 2.0
 アジア 6.1 6.1 6.0 5.9
  中国 7.7 7.7 7.4 7.1
  NIEs 2.0 2.8 3.3 3.1
  ASEAN5 6.2 5.2 4.6 5.2
 インド 4.8 4.7 5.0 5.1
 オーストラリア 3.6 2.4 3.1 2.6
 ブラジル 1.0 2.5 0.2 1.0
 ロシア 3.4 1.3 0.3 0.5
日本・年度別(前年度比%) 0.7 2.2 ▲0.4 2.5
原油価格(WTI:ドル/バレル) 94 98 95 79

IMF、各国統計より、みずほ総合研究所作成。
「予測対象地域計」はIMFによる2012年GDPシェア(購買力平価基準)により計算。

カバー写真=安倍首相の消費税引き上げ延期発表の翌日、11月19日、記者会見する黒田日銀総裁(提供・時事)

金融政策 債務