日米関係深化のために克服すべき「未踏の道」 安倍首相の訪米に際し、ケント・カルダー氏が特別寄稿

政治・外交

「未踏の道」(The Road Not Taken)へ踏み出す

半世紀あまり前の冬の寒い日、ジョン・F・ケネディが1961年1月のあの名演説のために立ち上がる数分前に詩人ロバート・フロストは自作の詩を大統領就任式で朗読した初の詩人となった。ピューリッツァー賞を4回も受賞したフロストは米国で最も愛された詩人の一人であり、なかでも不朽の名作「未踏の道」(The Road Not Taken)はよく知られている。

特に詩が好きでなくとも、多くの米国人がこの詩の冒頭と末尾の数行を‟そらで”口ずさむことができる。「黄色い森のなかで道が二手に分かれていた……私は人のあまり通っていない道を選んだ。それがどれほど大きな違いにつながったことか」

米国人は創造力に富む個人主義的な国民であり、その資質を深く尊重している。フロストの詩「未踏の道」が愛されているのも、おそらくそうした気質ゆえだろう。米国人はまた、自分たちが望む価値観と一致する限り、個人の主体性を尊重するが、日本人が個人主義な主張をすることはめったにないと考えている。

米国では未知数の安倍首相

ほぼすべての世論調査結果に表れているように、大多数の米国人は日本を尊敬し、誠実な同盟国とみなしている。日本の几帳面さ、献身ぶり、粘り強さは高く評価されているが、日本に新しさや斬新さを期待する向きは少ない。とりわけ過去に固執している印象のある安倍首相から新しさを感じるのは難しい。

ごくわずかな米国人は、安倍首相がさまざまな機会や場所で表明してきた独創的で雄弁なテーマについて知っていても「インド・太平洋世界」と、その前の2007年のインド議会における安倍首相の演説を聞くことはない。また安倍首相が昨年キャンベラでオーストラリア国会議員を前に、太平洋戦争の複雑な記憶について、いかに慎重に配慮した演説をしたかも知らないだろう。

安倍首相は4月29日に、米連邦議会上下両院合同会議で演説するが、未だかつてない大きなチャレンジとまさに「未踏の道」と言える好機に直面する。とにかく安倍首相は米議会合同会議において演説する最初の日本の首相であり、それは祖父の岸信介元首相や小泉純一郎元首相といったかつての日米同盟の強力な支持者にも与えられなかった機会である。安倍首相は第二次大戦終結70周年という歴史的な年に、前例のない演説をすることになる。

見直すべきではない歴史的見解

米議会での演説は、安倍首相自身と北東アジア諸国や過去10年にわたり環太平洋諸国とのトップ外交でワシントンに少なからずも影響を及ぼした歴史問題を取り上げる絶好の機会となるはずだ。

安倍首相は最近、首相にとり象徴的な意味で重要で、しかも大きく注目されたイスラエルとオーストラリア歴訪や、東京で米国の著名人との密かな会談を通じて歴史問題の見直しに固執する自身に対しての多くの懸念を緩和してきた。

米国の主流は、安倍首相が未だに激しい議論の的となっている歴史問題について詳細にわたる謝罪を行わないと考えていると思う。しかしながら、米国は安倍首相に対して、自分たちが大切にしている人権の価値や個人の尊厳に敬意を表することを期待しているが、日本の歴代首相から受け継がれてきた歴史的見解の見直しは期待していない。昨年のオーストラリア議会における歴史に配慮した発言の内容と、今回のワシントンでの演説の重要性から見て、私は安倍首相が米国人の感性により確実に応えるよう努めることを期待している。

環太平洋協力でより広く、深い絆を

今回の訪米で、首相の議会演説のほかにも、日本が「未踏の道」を追求するための3つの機会が確実に与えられることになるだろう。いずれも、明確なテーマについて、日米関係深化のための新たな手法を強調する、またとないチャンスとなるだろう。

まず安全保障の分野では、安倍首相の到着に先立って「2プラス2」(外相プラス防衛相)会合が4月27日にニューヨークで開催される。会合では新たな日米防衛協力の指針(ガイドライン)が明らかにされる予定であり、日米同盟関係は「グローバル化」され、シーレーンやミサイル防衛などの領域で環太平洋協力の新たな道筋が示されることになるだろう。米軍が中東や中央アジアにおいて地上戦力を段階的に縮小している現状の中で、米国が集団的自衛権の重要性に関する二国間協定を通じて、同地域における日本の地上部隊の関与を迫ることはほとんど考えられない。

大きな注目点は「TPP」

オバマ大統領と安倍首相の首脳会談は翌日の4月28日に開催される。会談では、防衛問題から離れたより広範なテーマに重点が置かれる可能性が高い。中東、対中関係、サイバーセキュリティなどが対象となるだろうが、中心を占めるのは何と言っても、ここへ来て大きな進捗がみられた環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)だろう。比較的新しい議題である災害救助、地球温暖化、テロ対策などに関する日米協力もまた重要である。

安倍首相がワシントン以外の米国各地を訪問することも、「草の根」の交流を新たな形で深めるもので、「未踏の道」追求というもうひとつの機会を提供することになるだろう。これまでの日本の指導者の大半は、結局のところ、ワシントンにしか注目しなかった。

安倍首相は、ボストンでは学生や学者たちの前で講演するだろう。ロサンゼルスでは、全米日系人博物館を訪問し、日系米国人との交流を図るだろうが、これは日本の指導者がこれまでほとんど試みなかったことである。シリコンバレーでは起業家たちと会見し、技術革新について重点的に話し合うとされている。彼らが環太平洋関係の長期的な健全性のカギを握っていることへの認識は、一般にはかなり低い。 

不可欠な東京・ワシントンの連携強化

安倍首相の訪米では、このようにいくつかのテーマに対し斬新なアプローチが採られることになりそうである。すなわち、歴史、同盟関係、グローバル・パートナーシップ、米国との草の根交流に関する日本の新たなアプローチだ。しかしこの安倍首相が提示する新たな考え方を米国側が理解し、前向きに対応するかどうかである。拙書『ワシントンの中のアジア』(中央公論新社)で強調したように、日本にとっての重要な優先課題は、米国内においてより深い現地との連携を強化することであり、それには首都ワシントンで官民ともに日本の代表機関を増やしていくというメカニズムが重要となる。

経団連や日本の自治体なども既にここ数週間で具体的に動き始めている。そして政府はもとより、NGOや民間企業による文化交流による努力とさらには今回の首相訪米に刺激され、日本は対策を講じ始めている。今後、より広い世界の安全保障や繁栄、平和のために決定的に重要な東京とワシントンの連携は大いに強化されて行くだろう。そして日米関係の創造的で新しい「未踏の道」に向けた大きな一歩となるに違いない。

(2015年4月20日 記、原文英語。nippon.com編集部にて仮訳。4月27日、日本語改訂。)

ケント・カルダー