大きな転換点にある日本経済

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日本の現在位置

日本経済は20年以上続いた経済不況から回復しようともがいている。この間、日本はデフレという戦後初めての深刻な経済状況を経験した。デフレの罠という言葉からも想像されるように、いったんデフレに陥った経済は、そこから簡単に抜け出すことが難しくなる。国民も企業もデフレマインドにどっぷりと浸かり、消費や投資を回復させることが難しいからだ。

2012年末に成立した安倍内閣は、アベノミクスという大胆なデフレ脱却策を打ってきた。日本銀行が行った金融緩和は前例のない大胆なものであり、為替レートや株価などの経済指標を大きく変えることになる。それでも、経済全体を浮揚させることは容易ではない。世界的な原油価格の下落の影響もあって、日本銀行は2%というインフレ目標の実現の時期を少し後ろにずらさざるをえなかった。

心強い企業の収益回復

安倍内閣の成長戦略では、実質2%・名目3%という経済成長の目標を掲げている。しかし、この成長目標はかなり野心的なものであり、多くの専門家は本当にこれだけ高い成長率を実現できるのか懐疑的である。

それでも安倍内閣の下で、たしかにいろいろなものが動き始めている。株価や為替レートについてはすでに触れたが、何よりも心強いのは企業の収益が大きく改善したことである。企業収益が拡大すれば、投資や賃金上昇などへつながることが期待される。また、景気回復の中で雇用状況は大幅に改善し、失業率3.3%という完全雇用状況となっている。

長期政権だからできる踏み込んだ改革

昨年の選挙で安倍内閣は再任された。長期政権が期待される。安倍総理の前には6年で6人の総理大臣が登場した日本であるが、長期政権によってはじめて踏み込んだ改革が期待できるようになった。岩盤のような規制と言われるように、改革の実現が容易ではない分野も少なくないが、それでもこれまでにないスピードで変化が見られる分野も少なくない。

電力システム改革をテコとしたエネルギー改革はその代表だろう。電力市場では再編や新たな参入など、活発な動きが見られる。コーポレートガバナンスの分野でも大きな変化が見られる。企業はこれまで以上に投資家の利益を意識した行動をとらざるをえない。企業収益が上昇していることもあって、企業のROE(株価収益率)は上昇を続けている。コーポレートガバナンスの改革は、日本の国民が持つ膨大な金融資産を活性化する動きと密接な関係にある。政府もこうした動きを後押ししている。公的年金運用基金の改革などもこれと深い関係にある。

農業など改革が難しいと思われた分野でも、大きな変化が続いている。農業改革は政治的な面が強いが、農業の実体面でも構造変化はすでに加速化している。上位10%程度の農家で日本の農産物の半分以上を供給していると言われるが、保護に頼っている農家は高齢化で廃業が続き、競争力のある農家は輸出までも視野に入れながらビジネスチャンスをうかがっている。

2%成長達成は難しい?

以上のように明るい面と暗い面が共存する日本経済であるが、今後の日本経済の方向を考える上で重要な鍵となるのが、成長率の高さである。アベノミクスは高い成長を目指している。これは財政健全化の進捗にも大きな影響を及ぼす。

過去の成長率から計算される潜在成長率はけっして高くない。労働人口が急速に縮小していくことも、日本が成長を続けていくことに対して大きなマイナス要素である。労働生産性や全要素生産性を相当程度高めることができないかぎり、日本の2%成長を実現することは難しいだろう。

ただ、高い成長は難しいだろうという予想を最初から前提としていたのでは、経済的な回復を実現することは難しい。安部政権の中にはそうした考え方が強い。成長戦略を前面に出しているのも、高い経済成長をなんとしても実現したいという思いがあるからだ。

日本にあてはまる「構造的不況論」

今後の成長の可能性を考える上で興味深い視点が一つある。それはハーバード大学のローレンス・サマーズ教授が提起している構造的不況(secular stagnation)の議論だ。その考え方は、「その経済の成長率の動向は、それ以前のマクロ経済的な環境によって大きな影響を受ける」というものだ。経済の長期的な成長率は、通常は供給サイドから決まると考えられがちだが、サマーズ教授はそれ以前の需要動向なども、履歴効果という形を通じて中期の経済成長率に影響を及ぼすというのだ。

日本経済にもこの指摘は当てはまるように見える。バブル崩壊によるマクロ経済全体でのバランスシート調整――雇用・負債・設備の3つの過剰の調整――や、金融危機、デフレなど、20年にもいたるマクロ経済的な不調が、結果としていまの日本経済の低い経済成長率の原因となっているというのだ。だから、経済的な回復が続けば、経済成長率はそれなりに高くなっていくことが期待できるかもしれない。

学生にはよく次のような比喩的な説明をすることがある。あるデパートがあるとする。その店に来る客の数が減少していけば、当然、デパートの生産性が低下することになる。しかし、店に客が戻ってくれば、次第に生産性は上昇するだろう。さらに客が増えれば、店としては収益性の低い分野から高い分野への人員やスペースの配置を行うだろうし、さらに客が増えれば店の増設も考えるだろう。

カギ握る生産性の向上

日本経済にも似たような面がある。バブル崩壊直後から日本経済の全要素生産性の伸びは大幅に低下している。これが需要の減退と関係あることは明らかだ。それからずっと全要素生産性の伸びは低いままである。ただ、今後も日本の生産性の伸びは低いままであるだろうか。

サマーズ教授の構造的不況論は、低い潜在成長率の背景にある低い生産性の伸びは、それ以前のマクロ経済状況に大きな影響を受けるというものだ。アベノミクスによる日本経済の復活への期待は、マクロ経済状況を大幅に改善していけば、バブル崩壊後ずっと続いた低い生産性の伸びをあげていくことができる可能性である。

需要拡大によって成長を続けていく中で、どこまで生産性の伸びが期待できるのか。そのためにも成長戦略で取り上げられている諸々の改革が重要になってくる。需要の拡大が続いたときに、労働力不足がボトルネックになって成長が止まっては困る。だからこそ、労働力不足を補う生産性の上昇が必要となるのだ。

労働力不足と生産性

以上で述べたような動きは、すでに日本経済の足下で起きている。安倍内閣発足の前には4.1%であった失業率は、すでに3.3%という低い水準となっている。多くの業界で、人手不足を懸念する声が大きくなっている。

人手不足は、確実に賃金を上昇させていくだろう。政府としても賃金が上昇していくことを期待している。重要なことは、この労働市場や賃金の動きが、日本の生産性にどのような影響を及ぼすのかということだ。

賃金が10%上昇したとすれば、生産性や付加価値を10%上昇できないような企業は競争力を失うことになる。深刻な労働力不足と賃金上昇の中で、多くの企業は労働生産性を高める努力を続けることになる。ビジネスモデルの見直し、労働節約的な設備などへの投資、より高い付加価値の財やサービスへの転換などである。

すべての企業が成功するとは限らない。そうした企業は次第に淘汰されることになる。しかし、成果を上げる企業も多いだろう。そのような調整によって、労働力不足に対応すると同時に、経済全体の労働生産性を引き上げることもできるはずだ。結局、こうした厳しい産業内や産業間の再編が起きることが、日本の生産性や成長率を高める結果となるのだ。

カバー写真=東京・丸の内の通勤風景(提供・時事)

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