外国人家事労働者の受け入れは、働く女性を救うのか

社会

安倍晋三政権が掲げる「女性の活躍支援」の一環として、「国家戦略特区」での外国人家事労働者の受け入れが解禁され、今春から神奈川県、大阪府で外国人家事代行サービスが始まる予定だ。地域を絞って規制を緩める特区を活用しての “実験” に参加するのは、パソナ、ベアーズ、ポピンズ、ダスキン、シェヴなどの家事代行会社で、3月以降随時サービスを開始することになるだろう。

日本では、年収1千万円以上の外国人高度人材および、大使館員の家庭のみで外国人の家事ヘルパーの直接雇用が認められている。あくまでも例外的な措置だ。また、現在家事代行会社で合法的に働いている外国人家事ヘルパーは、夫が日本人の外国人の妻などに限られる。

今回の規制緩和に関しては、女性の活躍推進には家事、育児の負担を軽減しなければならないという問題認識を明確に打ち出し、そのためにアウトソーシング(外部委託)の選択肢を広げたことは評価すべき点だと思う。

価格の高さが普及を阻む一因

ところが、今回の神奈川県、大阪府の特区での “実験” には違和感がある。野村総合研究所が2014年に約4万人を対象に実施した家事支援サービスに対するインターネット意識調査では、既存利用者は約3%に留まっている。利用しない理由に関しては、他人を家に入れることへの不安、家事を人に任せることに対する抵抗感、そして価格の高さが挙げられている。現在、家事代行会社を通してサービスを利用する際の時給相場は3000円前後である。

今回の規制緩和の枠組みでも、価格に関しては、解消されるどころか高めになってしまう。

各家庭が雇うのではなく、家事代行業者が外国人労働者を最長3年間直接雇用して家庭に派遣する。賃金は日本人と同等以上を保証する。送り出し国での研修が要件となっており、語学研修はもちろん、例えば「お味噌汁の作り方」といった研修も必要だろう。

各社とも普通の料金設定より高めに設定するか、プラスアルファの経費は会社が負担して赤字覚悟で今後の市場開拓のために参入することになる。実験としては意味があるが、割高の料金設定になってしまうと、やはり高いから利用しない、実験してみるとあまり利用者がいないから、家事代行ニーズはそれほどないとされてしまう懸念もある。

キャリア形成の「自己投資」として

想定される利用者は、高所得層の専門職、管理職のキャリア女性に限られるだろう。筆者の知る限りでは、外国人家事代行を使ってみたいという人の中には、英語が流暢なフィリピン人ヘルパーならば、子供の英語教育になるので一石二鳥という人もいる。また、日本語が読める日本人だとプライバシーを詮索されるので、かえって外国人のほうが気が楽、という人もいる。

つまり、あまねく全ての女性のためのものではなく、キャリア女性に限定される支援策である。ただ、少なくとも今でも専門職、管理職の女性でさえも家事のアウトソーシングに抵抗を持っている人はいるので、その意識を変えていくひとつのきっかけにはなるだろう。

海外のキャリア女性の多くは家事をアウトソーシングしている一方で、日本女性は、他人を家に入れたくない、家事育児は愛情表現と考え、外部委託に対して罪悪感を抱く傾向にある。グローバル化の中で海外の女性とも競争しなくてはならない時代になっているのに、日本女性だけが重い荷物を背負いながら一緒に「よーいドン」で走るようなものだ。キャリア形成するうえでも、アウトソーシングの費用は自分への投資として考えたほうがいい。

香港では「住み込み」が原則、そのメリットとリスク

私は2015年にアジアでの受け入れ先進国・香港で、実際に外国人ヘルパーを雇う日本人家庭を取材した。香港は1973年から受け入れを始め、さまざまな問題は浮上しているものの、外国人家事代行の経験を積み重ねてきている。日本との大きな違いは、勤め先の家庭での「住み込み」で雇うことが原則となっていることだ。

その理由として香港政府は住宅不足などを挙げるが、実際には賃金を安く抑えるためだろう。香港での外国人ヘルパーの法定最低賃金は月約6万円強だ(2015年4月現在)。1日16時間労働として時給換算すると、香港人の法定最低賃金の4分の1程度である。本来、最低賃金は国籍によって差をつけてはいけないのだが、住宅費、食費、医療費の負担もないので、こうした「パッケージ」で考えれば、香港人ヘルパーと同等だというのが香港の労働省の主張である。つまり、住み込みにすることで、中産階級でも安く外国人ヘルパーを使える措置だ。

一方で、雇い主、被雇用者にとっての最大のリスク要因も、住み込みであることだ。雇い主によるハラスメントが問題になることがあるし、子どものいる家庭では、日中外国人ヘルパーに子どもを預けることへの不安が大きい。もっとも、住み込みが禁止で「通い」が原則の日本でも、職場が個人宅という密室であるため、やはり双方にリスクはある。

外国人ヘルパーを直接雇用する日本の家事代行会社に求められるのは、こうしたハラスメント対策はもちろんのこと、きちんとした住居を世話することや、労働時間を適切に管理して労働搾取にならないようにすることだ。日本は現時点で国際労働機関(ILO)の「家事労働者のためのディーセント・ワークに関する条約」(189条)に批准していない。受け入れるなら、早急に批准するべきだ。

家事育児の外部委託は会社員の「必要経費」

外国人家事代行に参入する企業は「特区」での実験に参加することで、外国人労働者を家事労働の担い手として自分たちがコーディネート・派遣する実績を積もうとしている。現地の研修会社と提携して、研修後に日本に連れてくるという経験を重ねれば、それもひとつのノウハウの蓄積になる。外国人家事代行が広がるなら、自社で研修所を作る動きも生まれるだろう。

ただ、やはり価格がネックになることは事実で、日本人並みの賃金の縛りをなくしてほしいと管轄の経済産業省に働きかけている代行会社もあると聞く。

企業が両立支援策のひとつとして、家事育児のサービス利用を補助する動きも出てきている。「カフェテリアプラン」(編集部注:企業の福利厚生制度などを社員が自由に選択できるようにした制度)の中に、家事代行などのサービス利用を組み込むといったものだ。

国が税制面で、個人の家事アウトソーシングを後押しするのも効果が大きいだろう。2016年度の税制改正大綱では、ベビーシッター費用を所得控除の対象とすることが検討されたが今回は見送られた。引き続き検討すべき課題だ。会社員の家事・育児のアウトソーシング費用は仕事を続ける上での経費であると認めることで、家事外注の意識が変わっていくだろう。家事外注にたいする抵抗感、罪悪感を取り除くきっかけになると思われる。

例えば、介護保険法が2000年に施行された当初は、介護は「嫁の仕事」という意識があったため、特に地方では訪問看護サービス利用への抵抗が強かった。しかし介護保険の利用が進んだ今、介護ヘルパーの活用をけしからんと言う人はほとんどいないはずだ。

日本の保育所には、ヘルパーにはない良さがある

育児に関しては、待機児童の問題はあるものの、日本の保育所は全体的にみると素晴らしい質を担保している。一方、外国人ヘルパーが普及している香港では、保育所が極めて少ない。施設の数は増やさず、中産階級以上の人たちは、ヘルパーを雇ってくれという方針だ。だが、いくら優しくて素晴らしいヘルパーだとしても、家の中でヘルパーと子どもが1対1で向き合うよりは、保育所の環境の中で育つ方が好ましいのではと私は思う。

日本は幼稚園と保育園を一体化する「こども園」を増やし、さらには小規模保育など選択肢を広げることで、保育所の待機児童問題を解消しようとしている。保育は保育所や子ども園を中心に担い、子どもの送り迎え、家事手伝いなどはヘルパーを活用することで、家事育児の負担を軽減できる。

介護の担い手としての外国人労働者受け入れの論議を

今回の外国人家事労働者の受け入れ解禁では、介護は業務の内容に含まれていない。だが、実はこれから深刻さを増すのは介護の担い手不足だ。今回の特区での実験では、働く女性の家事負担軽減を掲げて「介護」は業務から除外しているが、実は政府は介護人材の受け入れも視野に入れているのではないか。

イタリア、スペインなどの南欧諸国、シンガポール、台湾などの東アジアの国々では、家族が保育、介護を担うべきと考える「家族主義」が根強い。こうした国々では外国人家事労働者の数が増えている。つまり、介護施設が不十分な中で国民の負担を増やさずに女性の就労を拡大する方法が、外国人労働者の活用だからだ。日本は家族主義で介護施設は少ない。にもかかわらず外国人労働者が少ない極めて特異な国だと研究者の伊藤義典氏は指摘する。(伊藤義典 「先進国における外国人家事労働者の増加要因の国際比較分析」2014年)。

介護施設は介護を必要とする人全員を収容するだけの数を増設できないことは明らかで、在宅ケアに舵を切っても介護の担い手がいない。家庭における介護の担い手としての外国人労働者の適切な受け入れを議論する段階にきている。

同時に国内の労働者の雇用を守ることが最優先であることも忘れてはならない。外国人家事労働者、介護人材も受け入れるとするならば、日本人労働者の賃金の引き下げ要因とならないように配慮しなければならない。

外国人労働者が日本人労働者と共存し、国内の賃金水準の引き下げ要因とならないような受け入れ体制を検討する動きが出てくるのではないかと考えている。

(2016年1月21日のインタビューを基に構成)

バナー写真提供:野村 浩子(左写真=香港でフィリピン人ヘルパーを雇用する日本人家庭)、株式会社シェヴ

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