ルポ・築地魚市場、11月に移転

社会

11月に豊洲への移転が決まった築地市場の今後に注目が集まっている。外国人の一大観光スポットになった現地、そしてグルメスポットとなった場外市場はどうなるのか、跡地の活用策は。

春3月、とはいえ気温5℃以下と厳寒の午前3時、まだ薄暗い隅田川沿いの橋の近くに、外国人のグループが三々五々姿を現し始める。ある者はタクシーでホテルから直接、別の者は飲み明かしたのか銀座方面から歩きで。そしてとある2階建ての小さなビルの前に静かに列ができる。190cmくらいある長身・金髪の欧米系もいれば、背が低く褐色の肌で明らかに南方系と分かるグループも。

人ごみの中では「Tuna auction!(マグロの競り)」「Bluefin tuna!(クロマグロ)」「チューティー・シチャン(Zhudi shichang)!(中国語で築地市場)」など欧米ばかりでなく、中華圏、東南アジアなど世界各地の言語が飛び交う。かれらの多くは今年11月に移転する築地の魚市場で、これが最後になるかもしれない競りを見るために詰め掛けた外国人たちだ。

築地卸売市場は日本を代表するショッピング街・銀座から歩いて10分少々の距離にある世界最大級の水産物市場だ。青果も扱うが魚が圧倒的な存在感を示しており、周辺には食材・厨房用品の専門店や高級、一般向けを問わず多くのレストランを集めた「一大グルメスポット」が形成されている。このため、日本食への関心が高まった近年は特に外国人観光客の人気を呼び、日本観光の目玉の一つとして午前5時過ぎに始まるマグロのセリを見学するため2時間以上も前から定員120人の枠に入るための列ができ始める。見学者の多くは隣接する場外市場で買い物や食事を楽しんだ後、銀座、浅草、皇居など観光スポットに散っていく。

築地はその都心の絶好のロケーションと日本人観光客も含めた強力な集客力のため、“場外”や近隣にはこれまで観光客狙いのレストランなどの新規参入も相次いだ。新規参入組にとっては店名に「築地」の2文字が入るだけでブランド化するメリットもある。

中でも元気なのが2013年の初セリで1億5540万円という衝撃的な価格で青森県大間産の マグロ(1体222kg)を競り落とした「すしざんまい」(株式会社喜代村)だ。場外市場にある本店(24時間営業)の前には常に客足が絶えず、2001年に築地1号店をオープンした同社はその知名度を生かし国内で54店(2015年3月現在)を展開し、すし店には珍しくテレビCMを大々的に打っている。

11月の豊洲移転、土壌・海水汚染問題でなお波乱含み

築地市場が移転を検討し始めたのは1998年。それ以前は現在地での再整備を推進しようとしたが経費や工事の技術的難しさなどから断念した。

そもそも80年前の開場時には船、鉄道で魚を運び込む前提で設計されたが、空輸で到着する世界各地の水産物も含め現在は年間の水産物取引量45万トン、青果物取引量29万トンという巨大な物流のほとんどがトラックによる陸運に依存しており敷地規模(23万平米、東京ドーム5個分の広さ)と動線が物流の実態に合わなくなって久しい。壁が崩れ落ちるなど建物の老朽化も進んでいる。

問題を解消するための前向きな移転計画なのだが、築地という立地・ブランドへの愛着や市場と一体となって自然発生的に形成された“場外”の利害関係に加え、移転先の豊洲地区(江東区)で化学物質の問題が浮上するなど計画の推進には紆余曲折があった。

「すしざんまい」は豊洲への移転を盛り上げるため率先して現地進出を計画した積極派だったが最近になって断念した。

木村清社長はそれでも今年1月、「世界中どれだけ探したって、生で食べられる魚をこれだけ扱っている市場は築地だけ」と評価したうえで、「やっぱり『場内』と『場外』がセットになった良さもあったほうがいいと、私は思うんです。豊洲移転を成功させ、東京、ひいては日本の魅力を国内外に発信していくためには豊洲に新たな『場外』を作ることが必要なんです」(HARBOR BUSINESS Online)と語っている。

一方で、今年2月の段階ですら、消費者団体、女性団体、労組などからなるグループ(守ろう!築地市場パレード実行委員会)が移転先の土壌・海水汚染、物流の効率性などの問題から移転に反対する公開質問状を都知事に提出するなど、波乱の種は残っている。

ともあれ、移転日は最終的に11月7日に設定され、“場外”もこれに対応した新たな生き残り策を推進するなど、築地周辺は移転後に向けて走り始めている。

市場内の飲食・商店街「魚河岸横丁」の著名すし店には未明から外国人を中心に3時間待ちの列ができるが、ここも豊洲に移転する

10月、仲卸業者がプロ向け新施設オープンへ

「これまで場内で鮮魚等を仕入れていた業務筋の皆様に、変わらず築地で仕入をしていただけるように、『築地魚河岸』がオープンする予定です」(築地場外市場のサイト)

築地市場の東側に広がる“場外”は食材や食器などの専門店、料理店など約500店が軒を連ねる大商店街。「“場外”が築地市場と一体となって築地のにぎわいが作られてきた」と評価される。

“場外”は築地地区に残留するため、2014年10月には移転後をにらんだ水産物の産直市場「築地にっぽん漁港市場」が営業を開始した。現在の市場と“場外”との間にオープンした低層の建物には、北は北海道から南は長崎、高知まで日本各地の事業者、漁協が珍しい地魚から朝どれ鮮魚まで幅広く取り揃えている。

写真右が北海道から九州、四国まで各地の地魚、鮮魚を取り揃えた産直市場

移転反対運動まで展開してきた場外の団体「築地食のまちづくり協議会・築地場外市場商店街振興組合(鈴木章夫理事長)」はさらに、地元中央区と組んで場内の仲卸業者約60店 (93区画)を集め料亭の板前や鮮魚店などプロのバイヤー向けの業務卸に対応する施設『築地魚河岸(つきじうおがし)』を今年10月15日に開業する。

2つの施設はともに、早い時間帯でまずプロに築地に立ち寄ってもらい、さらに午前9時以降は一般の集客を狙う。

「既存の場外各店と新施設(『築地魚河岸』)が一体となり、新たな築地市場として、業務筋の皆さまには今迄以上に迅速かつ入念に仕入れできるよう、一般消費者の皆さまにも築地ならではの充実した品揃えを楽しんで頂ける」(同サイト)ことを意図している。新施設が入店するビルは市場側の建物と場外エリアを結ぶ陸橋部分まですでに姿を現し工事は佳境に入っている。

建設が進む新施設「築地魚河岸」

豊洲への移転について、「築地に来る前、魚市場は日本橋にあった。あそこにもかつては歴史のある気の利いた寿司屋が結構あったけれど、いまは本当に少なくなってしまった。築地も市場が移転してしまうと徐々に空洞化が進むのではないか」と懸念する声がある。

築地を25年間見続けてきた記者・川本さん

これに対して、「国内も海外も観光客はいまの“場外”を築地市場だと思っている人も多い。移転後もあまり混乱はないのでは」と突き放すのは築地を25年間見続けてきた記者・川本大吾さん(時事通信社水産部長)。

「ルポ ザ・築地」(時事通信社)の著書もある川本さんは「現在はこれまでになく築地や日本の寿司や魚が一般にも外国人にも身近な存在になっている。テレビなどのメディアは『築地市場凄いですね』『ギョ、ギョ』といった風に上っ面を紹介するだけだが、移転を契機に世界や日本の水産資源などをめぐる深刻な話にも向き合ってほしい」と指摘する。

「水の都」再び?跡地は水路生かした国際観光エリアに?

築地地区を管轄する中央区では2004年12月、「築地市場の移転後も食文化としての『築地』の活気とにぎわいを将来に向けて継承する」として、「築地市場地区の活気とにぎわいビジョン」を早々にまとめている。同ビジョンは築地の現状に寄り添ったうえで、東京を代表する国際観光エリアの形成や水の都の再生などを柱とした活用策を提言している。

これに対し東京都サイドからはこれまで、跡地活用策として、東京オリンピックのメディアセンター構想(2016年開催への立候補時)や「NHKの移転説」などが浮かんでは消えた。

現実的には、跡地全体としては土壌汚染対策や埋蔵文化財調査が必要となるため、更地にしてから10年以上手がつけられない公算が大きい。

しかし、舛添要一都知事は今年1月毎日新聞に対し、具体的な計画は「今のところ白紙」としつつ、跡地が隅田川に接し、豊洲市場や羽田空港(大田区)と水路でアクセスしやすい利点などを強調した。同紙によると、都は隅田川に面した荷揚げ用桟橋を解体して船着き場を整備するなど、「観光スポットとなる集客施設の整備」に向けた検討を本格化させる見通しだという。

現在は築地での生き残り策や移転先・豊洲の汚染問題がまだ活発に議論されているが、未明から3時間待ちの有名店やマグロ競り見学といった目玉が本当に移転してしまう11月以降、築地を取り巻く状況がどのように変化するか注目される。

文・三木孝治郎(編集部)

タイトル写真:早朝からマグロの競り見学に集まる外国人たち、開始の2時間前には定員に達する、青と黄色のベストは場内で見学者を区別するため着用する

東京 築地市場