仏大統領選でマクロン氏勝利:日本は「開かれた社会」推進に向けた外交・協力を

政治・外交

今回のフランス大統領選では、伝統的な左右の対立軸が持つ意味合いが希薄になり、欧州連合(EU)を支持するか否かに争点が集約されていった。言い方を変えれば、国境線内に「閉ざされた社会」への後戻りを望むか、それともグローバル化や相互依存という国際社会の流れに沿った「開かれた社会」を目指すかという対立であった。「閉ざされた社会」を主張する国民戦線は、「反エリート・反既成勢力」の主張を混ぜ合わせ、敗れはしたが同党としては大統領選で過去最高の支持を集めた。

勝利したマクロン氏の新政権が進むべき道は、「開かれた社会」を志向する過程でいかにエリート色を払拭し、既存のシステムの良い意味での破壊と創造を成すことだ。しかし、これまでの左右勢力の架け橋となるような中道的ポジションであることを考えると、良くも悪くも政策が収束して凡庸化するリスクもある。

外交面では、大局的に見れば、これまでのオランド政権と大きな変化はないだろう。欧州統合の重視、国連を軸とした国際協調主義は継続されよう。日本が注目すべき点は、英国のEU離脱(Brexit)、移民・難民問題、テロへの対策である。

対英強硬姿勢取れば、日本企業に打撃

Brexitの文脈では、マクロン政権はEU弱体化を何が何でも避けるべく動くだろう。ともに屋台骨を支えるドイツのメルケル首相との連携も強化する意向である。対英政策は「EU離脱の連鎖」を防ぐため、断固とした厳しいものとなることも予想される。実際、マクロン氏は離脱後の英国がEU市場に関税なしに参入することは認めない立場である(ルモンド紙、2017年4月15日付)。

しかし、フランスが主導して英国に厳しい対応を取ることは、英国に多くの拠点を置く日本企業にとっても少なからぬ打撃となる。日本としてはマクロン政権を支持しつつも、過度に厳しい対英政策を回避するように働き掛ける必要も出てくるだろう。

「反移民」勢力への対応は避けられず

移民・難民問題については、国民戦線の伸張を目の当たりにした状況で、フランスが今後、完全に「開かれた社会」を目指すのは容易ではない。国民の反移民感情をある程度は緩和するための対応を迫られるだろう。国境管理の強化を図るか、国内にいる移民・難民の社会統合を強化する策を取るか、もしくはその両方をバランスさせるかという選択肢がある。

しかし、国境の管理を過度に強化すれば、ドイツを中心にEUとして進めようとしている政策に反し、逆にハンガリーなど東欧諸国の多くが志向している政策を後ろ支えすることとなる。これは中長期的にEUのソフトパワー低下につながるため、推進しにくい政策だ。

一方、移民・難民の社会統合強化は、フランス語教育や市民教育、職業訓練の強化を通じて、一定の成果を出す可能性がある。実際、マクロン氏の選挙公約でも、移民の受け入れは多様な人材の確保につながり、フランスにとってチャンスだとの認識を前面に押し出している。

ただし、社会統合の推進・強化は、目に見える成果が出るまでに時間がかかる。それまでは別の政策を打ち出したり、国民に満足感を与えたりして、いかに目線をそらすかがポイントになる。日本としては、EUの弱体化回避の観点から、さらには日EU間の交流の妨げにもなりかねない国境管理強化を避ける意味から、この点に働き掛ける外交努力が望まれる。ただし、そのためには日本も、過度に閉鎖的と国際社会から批判されている現在の難民政策の見直しなど、ともに「開かれた社会」の推進者である姿勢を提示することが必要だろう。

テロ対策:「交番」制度で協力を

対テロ関連では、マクロン氏はシリアのアサド大統領退陣を支持しており、オランド政権のような強硬姿勢を継続する可能性がある。一方で、政治的解決の見通せない対外介入は行わないとの立場も示しており、軍事行動は抑制的になるとの見方もある。強硬路線を継続すれば、国内でのテロを誘発する要因ともなり得る。

マクロン氏は、治安対策として警察官の増強と、「市民に近い警察」への変革といった施策を提示している。この点では、日本の交番制度を含めたノウハウの伝授という形での協力もあり得るだろう。日本としても、テロの脅威はすぐ近くにあるとの認識で備えるべきであり、フランスとの緊密な情報交換は大きな意味を持つ。

しかし、いたずらに警察や軍を強化して強圧的な形でテロ対策に臨めば、むしろ暴力的な反発を強めることになりかねない。しかも「開かれた社会」のイメージを損なうリスクを伴う。これは日本とフランスのどちらにとってもソフトパワーの低下を招くものであり、避ける必要がある。

日本はアジアで、フランスは欧州で「開かれた社会」の旗手としてのプレゼンスを高めることが大きなメリットとなる。その点に留意した協力が不可欠であろう。

文化外交の相互強化を

文化外交における連携強化も重要だ。軍事力や経済力だけでなく、文化の魅力に代表されるソフトパワーの重要性はとりわけ冷戦後、多くの国で強く認識されている。フランスは特にこの面を重視している国であり、独自の文化外交を展開している。

日本におけるフランスの文化外交はアンスティチュ・フランセをはじめ、日仏会館やアリアンス・フランセーズなど官民機関を通じてフランス語の普及、フランス文化の紹介、学術面での交流などさまざまに展開されている。しかし、マクロン氏は海外におけるフランス文化機関の合理化を進めるとしている(ル・モンド紙、同)。もしも、単に規模の縮小という意味での合理化が進むとすれば、日本国内でのフランスのプレゼンスの低下が懸念される。

日本はグローバル化戦略の一環として青年層の海外派遣を後押ししようと、留学支援の奨学金政策を民間企業とも連携して強化しているが、必ずしもその成果が数字に表れていない。こうした状況の中で、非英語圏で最も重要な留学先の一つであるフランスが渡航先としての魅力を低下させることは、両国にとってマイナスである。

近年の日仏間の文化交流は、1997年のパリ日本文化会館の設置、97~99年の「フランスにおける日本年」「日本におけるフランス年」を通じ、急速にその規模を広げ、2008年には日仏修好通商条約締結150周年として多数のイベントが催されるなど、深化を続けてきた。そして14年に本格始動したEUによる「エラスムス+(プラス)」政策では、EU圏とEU外の学生・研究者の交流にも力が入れられている。

日本の文化外交の戦略としても、フランスの文化外交との相乗効果で両者の相互理解を一層促進し、ひいては国際社会でのプレゼンス向上につながる連携を働き掛ける施策が望まれる。

(2017年5月9日 記)

バナー写真:2017年大統領選の勝利を決め、ルーブル美術館のピラミッド前に現れたエマニュエル・マクロン候補とブリジット夫人=2017年5月7日、フランス・パリ(Best Image/アフロ)

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