香港の「脱政治化」は可能か?:新行政長官の難しい挑戦

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2017年7月1日、香港は中国返還から20年を迎えた。日本でも多くのメディアで、この機に香港のこれまでを振り返る大型の特集報道が行われたが、香港にとっては、この日は過去を振り返る以上に、新しい政治の幕開けを意味する日であった。林鄭月娥(りんてい・げつが)氏が4代目の行政長官にこの日就任し、高官人事が一新されたからである。新長官に任された今後5年の香港政治は、どのような展開になるであろうか。

習近平国家主席の宿題:難題への再挑戦

6月29日、物々しい警備の中、習近平国家主席が就任後初めて香港に降り立った。7月1日の返還20周年式典と、林鄭月娥新行政長官らの就任式への参加が目的であった。

注目されたのは、就任式での習主席の講話であった。事実上、新長官に対し北京からの「宿題」を言い渡す場となるからである。

宿題は、重いものとなった。

習主席は「現在、『一国二制度』の香港での実践は新たな状況・新たな問題に直面している」として、香港の現在の問題点を列挙した。いわく、国家の安全を守る制度が不完全、歴史・民族文化の教育・宣伝が弱い、社会に重大な政治・法律問題への共通認識がない、経済発展が試練に直面している、住宅などの市民生活の問題が大きい…。続いて習主席は、「一国二制度」では「一国」が根本であり、国家の主権や安全に害を与えたり、中央政府の権力や香港基本法(北京が定めた香港の「ミニ憲法」)の権威に挑戦したり、香港を利用して大陸に対して破壊活動したりすることはいずれも絶対に許さないと警告、若者への愛国教育の強化も求めた。

この発言には、返還後の香港情勢に対する北京の不満が集約されている。政府の転覆や国家の分裂、国家機密窃取(せっしゅ)などを禁ずる「国家安全条例」案は、2003年に巨大なデモにより廃案となってしまった。07年に胡錦濤前国家主席が求めた愛国教育の導入も、12年に反対運動の結果撤回された。北京が提案した選挙方法を民主派が受け入れないため、民主化は停滞している。返還前、香港は中国経済のけん引役を期待されたが、返還後はむしろ中国経済の成長から支援を受ける存在となった——講話からは、返還以来20年間の誤算に対する習主席のいら立ちがうかがえる。習主席は「国家安全条例」や愛国教育に再挑戦するよう、林鄭長官に改めて命じたのである。

林鄭行政長官の戦略:脱政治化

この重く難しい宿題を、林鄭長官はどのようにこなそうとしているのか。林鄭長官の戦略はソフト路線である。2014年発生した、道路を長期占拠した民主化運動「雨傘運動」の後、一部の若者の間で盛り上がった香港独立論を「萌芽(ほうが)のうちに消滅させる」として、執拗(しつよう)にたたき続けた梁振英前行政長官と異なり、林鄭長官は「ごく少数の者による不合理な議論」にすぎないと、これを放置する姿勢をとる。「国家安全条例」についても、論争性があるため、社会の雰囲気作りを優先するとして先送りにする意向である。

一見すると、これは習主席に対する反抗である。しかし実は、習主席の講話には、「何でも『政治化』させ、対立や対抗を生み出すと、経済と社会の発展を損ねる」との内容もあった。ソフト路線は「政治化」を回避するための策なのである。

この20年の中でも、梁前長官の過去5年間の任期中は最も激しい政治化の時代であった。就任直後の反愛国教育運動に続き、14年には「雨傘運動」が発生、世界を震撼(しんかん)させた。16年には若者と警察との激しい衝突が起き、暴動罪も適用された。このような事態を招いた一因に、梁前長官の強硬な政策がある。普通選挙を求めるデモに催涙弾を発射したことが、道路占拠の発端となった。梁前長官が若者を激しく批判したことは、独立論を盛り上げた。16年の立法会(議会)選挙では、一部の政治活動家を「独立派」と断定して出馬資格を剝奪したり、当選した議員の就任宣誓のやり方を理由に議員資格取り消しの裁判を起こしたり、「禁じ手」とも見られる行政・司法の手段を駆使して、若者の政治活動や民主派と対抗した。

このような強硬策は、結果的に、香港社会内部の対立や、政治活動の急進化をあおってきた。梁前長官は「独立の父」とやゆされ、立法会内でも民主派が政府に強く反発し、審議の引き延ばしを図るなどして政策が停滞した。林鄭長官は前任者の轍(てつ)を踏まないように、慎重なスタートを切ったのである。

「蜜月期」はいつまで続くか

林鄭長官のソフト路線を、民主派の老舗政党は歓迎する。7月5日、就任後初めて立法会に出席した林鄭長官を、民主派の一部は起立して迎えた。目玉政策である、正規雇用の教師の増員や奨学金の新設などの新しい教育政策案は、民主派が抵抗を控えて可決された。市民の間での林鄭長官の支持率も高く、現状は新政権誕生後の「蜜月期」となっている。

こうなると、街頭での抗議活動を主としてきた急進派はやりづらい。政治化には市民も疲れており、当面は経済や市民生活に関する政策に政府が集中してほしいというのが香港社会の多数派の民意である。7月1日には恒例の民主派によるデモが行われたが、参加者数は主催者側発表6万人と去年の半分以下、警察発表の1万4500人は、2003年以降で最少であった。独立への支持も減退している。香港中文大学の16年7月の調査では、15~24歳の若者の39.2%が独立を支持するとの結果が出て香港社会に衝撃を与えたが、今年6月の同調査では14.8%に急減している。独立派が弾圧を受けて勢力を失っていることや、それに対して打つ手のない独立派の無策などが原因と考えられる。

問題は、蜜月期がいつまで続くかである。梁前長官が「独立派」の議員資格取り消しを求めた裁判の上訴審、大陸と香港の高速鉄道の問題など、論争性の高い問題は次々と降りかかっている。格差問題や住宅難などには出口が見えない。そして、任期の5年の間に、処理を先送りにしている爆弾——国家安全条例と愛国教育という、習主席の宿題に手を付けることを求められる。新長官は「賞味期限」内に、難題処理に取り掛かれるだけの「雰囲気作り」に成功するか。

気になるのは、若者の中国離れが続いていることである。6月の香港大学の調査によれば、18~29歳の若者のうち、自分を「香港人」と述べた者は65.0%、「中国人」は3.1%と返還後最低となった。表面的な静けさの下に、大きなうねりを隠した海へと、林鄭長官は船出したのである。

バナー写真=1日、香港で、習近平国家主席(右)を前に就任宣誓する林鄭月娥行政長官、2017年7月1日、中国香港(時事)

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