中国軍機の活動急増、日本と台湾、共通の“脅威”に

政治・外交

近年、中国海軍の日本周辺海域における活動は活発化している。宮古海峡を抜けて西太平洋で演習・訓練を行う光景は、既に日常となっている。さらに2017年7月に情報収集艦が日本海側から津軽海峡を通過し太平洋側に抜けたときは、一時領海に侵入された。中国海軍の活動範囲は日本列島を捉えていると言っても過言ではない。これらに加えて、新しい動きとしては2016年12月末、中国海軍の遼寧を中心とする空母艦隊が宮古海峡からバシー海峡に入り、その後南シナ海、台湾海峡を通過するという台湾本島周回航行を行った。これらの活動は、東シナ海、日本海、台湾海峡、バシー海峡、西太平洋、南シナ海を包摂した広大なアジアの海域を、日常の活動舞台とする段階に中国海軍が入ったことを示すが、最近、日本周辺空域における中国空軍の新たな動向が見られていることにも注視する必要がある。

中国軍機が飛行範囲を拡大

中国軍機に対する航空自衛隊の緊急発進は、中国が一方的に「東シナ海防空識別区」(中国版ADIZ)を設定して以降、増加の一途をたどっている。航空自衛隊の緊急発進も、中国版ADIZの空域内外に対応したものが圧倒的に多い。2012年度の中国機に対する航空自衛隊の緊急発進回数は306回で、ロシアの248回を上回っていたが、15年度には571回、16年度には851回を数えた(統合幕僚監部発表)。数字的には「激増」と表現して過言はないだろう。しかし中国空軍に関しては、飛行回数の増加だけでなく、注意を払うべき事態が進行中だ。経路と飛行する軍用機の種類の多様化である。

航空自衛隊の緊急発進に関わる中国空軍の典型的な飛行範囲は東シナ海上空だが、15年になるとH-6爆撃機(中国では轟6と記載)やY-8偵察機などが同海から宮古海峡を通過して西太平洋を往復するものが見られるようになった。16年末ごろから宮古海峡を抜けた中国軍機が、バシー海峡に進入し台湾本島を囲むような飛行ルートをとることも増えてきたのである。もちろん、これとは逆ルートを飛行するケースもある。これらに加えて、日本にとって注視すべき新たな中国空軍の飛行事例がある。一つは対馬と九州の間を通過して日本海に北上し往復した16年8月18、19日の動きだ。この時は両日ともにY-8早期警戒機1機とH-6爆撃機2機の組み合わせだった。もう一つは17年8月24日のH-6爆撃機6機が宮古海峡から西太平洋に出て南西諸島東側を北上し、紀伊半島沖までを往復した事例である。いずれも、これまでの中国空軍にはなかった飛行経路である。

こうした中国空軍の飛行経路の多様化に、注意を払わなければならないのは日本だけではない。中国軍を最大の脅威と見なす台湾軍は、台湾海峡に面し、比較的上陸作戦を行いやすい海岸線の続く西側の防御を伝統的に重視してきた。花蓮県の地形に代表されるように、山が海岸線まで迫った断崖絶壁が多いため、着上陸作戦には向かないという地理的環境もあったからだ。東側で例外となっているのは、平野が広がる北東地域の宜蘭平原である。ここに中国軍が着上陸作戦を敢行し、高速道路を利用して一気に台北を奪うとの想定も立てられており、対応する漢光軍事演習を行ったこともある。17年7月には台湾海峡中間線に沿ってH-6爆撃機が飛行したことも、台湾にとってこれまでにない中国空軍の動向で、脅威と捉えられている。海・空軍に加えて中国ロケット軍のミサイル戦力の強化も含めると、台湾本島は単にミサイルの射程や戦闘機の戦闘行動半径内に位置しているだけではなく、訓練・演習レベルでも完全に中国軍の行動半径内に組み込まれた形となっている。こうした軍事力の強化は、中国が「中華民族の偉大な復興という中国の夢」を実現する過程であることを踏まえれば、得心がいく。中国にとって、台湾問題は「核心問題」であり、内政問題だとの立場からすればなおさらだ。付言すれば、台湾を中国が手中に収めることができれば第一列島線上に不沈空母を持つに等しい。台湾統一という中国の政治的な悲願の達成は、軍事的にも圧倒的なアドバンテージを中国に与えることになる。

東へ南へ西太平洋へ

中国軍が宮古海峡とバシー海峡を通過する訓練を行っているのは、いわゆる第一列島線の突破口となるのがこれらの海域だからだ。ここを突破できなければ、西太平洋に軍を送り込めない中国は第一列島線内に逼塞(ひっそく)されるだけである。アメリカ軍への対抗を考えたとき、中国軍は西太平洋上での戦力投射能力を高める必要がある。中国空軍機の飛行経路の拡大や多種類の軍用機による飛行などはその能力向上のためであり、中国空軍はその訓練を複雑化・高度化させてる。ある意味で素直な発展とも言えるし、活動範囲や経路の多様化は中国海軍の後を追っている感もある。

日本周辺における他国海空軍の活動という視点では、ソ連時代から現在のロシアが参考になる。統合幕僚監部が発表した飛行経路図を見ると、ロシア軍機による日本周辺での飛行はTu-142偵察機やIl-38哨戒機、電子偵察機などが用いられる。報告されているロシア空軍機の基本的な飛行コースは北海道と東北、関東地方沿岸の空域にまで南下するもので、日本海側を飛行する場合もおおむね竹島東部空域までの飛行が多い。戦略爆撃機Tu-95型機(航続距離1万5000km)が日本を一周する飛行経路をとることもある。最近では2017年1月24日に3機が反時計回りに日本周辺を飛行したことが確認されている。

ロシア軍機や最近の中国軍機の飛行事例から推測すると、中国空軍は今後も東シナ海空域での飛行を中心としながらも、日本の沖縄、九州、四国、本州周辺空域にまで足を伸ばすようになると予想される。日本の対応を探る中国空軍版の「東京急行」のような飛行を行う可能性もある。それとともに、中国軍の目的が東アジア地域におけるアメリカ軍への対抗である以上、九州や本州周辺海域だけでなく、当然グアム島を目指す飛行も今後は実施することになるだろう。そのための訓練と日本へのけん制を兼ねて、硫黄島や沖ノ鳥島を目指す飛行が行われることも考えられる。

では、ロシア軍機のように中国軍機が日本全土を周回飛行する事態は起こり得るのだろうか。理論的には考えられなくはない。ただし、オホーツク海はロシアが「内海」と認識している海域で、中国の砕氷船雪龍が同海を航行した際に、それに合わせてミサイル発射訓練を同海で行ったこともある。それを考えると、公海の上空とはいえ、中国軍機の飛行は大きなあつれきを中露間に生みかねず、中国があえてそうしたことを行う可能性は現時点では高くないと判断できる。では、津軽海峡上に設定された狭い公海の上空を飛行することがあり得るだろうか。これも理論上否定はできないものの、ほんのわずかに飛行経路がずれただけで領空侵犯になる可能性が高い。仮に領空侵犯にならなくとも、そのような狭い空域に軍用機を飛ばすのは許容し難たいとして日本政府が中国に厳重な抗議を行うことは十分に予想される。中国軍機が日本周辺空域を飛行する理由としては、電波情報や電子情報の収集、長距離飛行訓練、示威行動などが考えられる。しかし、それらのためにロシアや日本との関係を著しく悪化させるのは割に合わない行動であるため、宗谷海峡にせよ津軽海峡にせよ、それらを通過する空軍活動を行う可能性は現状では低いと考えられる。

周辺国・地域との情報交換や関係強化が鍵

とはいえ、あらゆる軍事的オプションを予想し、対応策を考えておく必要がある。差し当たって日本が留意すべきは、バシー海峡から西太平洋上に出て本州を目指す中国軍機の飛行だろう。宮古島にある航空自衛隊のレーダーサイトで、東シナ海から宮古海峡を抜けようとする中国軍機は捕捉できている。しかし、バシー海峡のフィリピン寄り上空から西太平洋上に出られると、そこから先は太平洋上をカバーできるレーダーサイトがないため、軍用機の飛行活動を追うことが極めて困難となる。航空機の速度を考えると、南シナ海方面からバシー海峡に向かう中国軍機の動向を把握できるようにしておく必要があるが、日本単独では無理があるのが現状だ。そこで、考えられる対応策は次の通りである。現状で硫黄島に設置されたレーダーは発着管制用であり、遠距離を監視することはできない。現時点で第二列島線を進出の目安としている中国軍の動向を考えれば、ここで長距離監視用レーダーを運用することは大きな意味がある。これまで日本が太平洋上の島しょにレーダーサイトを設けなかったのは、太平洋側から直接的な脅威を受けなかったからだが、状況は大きく変化しつつあり、早急に太平洋上の監視空域の穴を埋めることが重要となっている。また、バシー海峡を形成する地域との情報交換や関係強化を図る必要もあるだろう。

中国外交は友好一辺倒でも、敵対一辺倒でもない。また、政治目的達成のために軍事的オプションを採るケースもある。経済的にも軍事的にも台頭する中国と付き合いながら安全を確保するために、日本は今以上に知恵を絞らなければならない。中国と殊更敵対的になる必要はないが相応の準備は必要で、柔軟な発想が求められているのである。

バナー写真=統合幕僚監部報道発表資料内のY-8電子戦機とH-6爆撃機の写真を加工(出典:統合幕僚監部ホームページ

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