台湾にできて日本にできないのはなぜか——台湾の同性婚禁止違憲判断を考える

社会

台湾の司法最高機関である大法官会議が、同性同士の婚姻を制限してきた現行民法の規定は憲法違反、との解釈を示した5月24日のニュースは世界を駆け巡り、日本社会にも大きな反響を呼んだ。

同時に、日本社会に一つのクエスチョンが広がった。

「日本でできないことを、台湾がなぜ先にできたのか?」

日本は世界有数の先進国で、民主や人権についてもアジアで最も進んでいるという自信を持ってきた、はずだった。しかし、それが自己過信に過ぎないと幻想を打ち砕いたのが、台湾の司法判断だったのである。

台湾が国際的に置かれた状況も同性婚の実現を後押し

大法官解釈は、民法の同性婚への制限は婚姻の自由を保障する憲法22条と平等を定めた憲法第7条「中華民国の人民は男女の区別なく、宗教、種族、階級、党派の区別なく、法律上等しく平等である」に違反しているとし、2年以内に関連法律の修正を求めた。「生殖能力があること」を民法で結婚の条件としていない以上、生殖能力のないことを理由に同性婚を否定できないと指摘。立法措置が2年以内に行われない場合、同性婚希望者は戸籍事務所で結婚登記ができる、という救済措置まで付け加えた。

これらは、日本の性的少数者(LGBT)の権利向上グループが長く求めてきた手が届かなかった「理想」ともいえる見解である。なぜ台湾でできて、日本でできないのか。そんな疑問に答えることを目的の一つとして、「台湾はなぜ、アジアで初の同性婚を実現できたのか?」と題したシンポジウムが10月、初秋の北海道大学で開催された。

台湾からは、呂欣潔・台湾同志熱線研究員と鄧筑媛・婚姻平等プラットホームロビー活動責任者の2人が招待され、それぞれ1時間ほど講演を行い、約100人の参加者が、台湾の最新情報に耳を傾けた。

2人の報告では、台湾の運動の長い歴史や粘り強い取り組み、政治や司法への働き掛けなど、大法官解釈が突然飛び出したものではなく、世論や政治、司法への運動側の努力の結果、生まれたものであることが強調された。

会場からはこんな質問が飛んだ。

「社会的な偏見がある中で、どのように若者たちにLGBTであることをカミングアウトさせ、この問題を重要な政治課題に育てていったのか」

呂欣潔はこう応じると拍手が上がった。

「カミングアウト(中国語:出櫃)は、台湾でもなかなか難しい。でも、若者世代にとっては、身の回りにLGBTがいるのは普通のことで、自分や家族がLGBTでなくても、私たちの出した法案を支持してくれる人たちがたくさんいる。台湾を変えたい、最もいい国にしたいという若者の願いが大きい」

シンポジウムを主催した北海道大学名誉教授で明治大学教授の鈴木賢氏はこう付け加えた。

「台湾が国際社会で生き残るには民主や人権を広げることで国際的な地位を確立することに若者の関心があり、世界から尊敬されない遅れた制度を持っている国は生き残れない、私たちの社会を良くしたいと若者が考えているところが、太平楽な日本とは大きく違う」

確かに、台湾における先進的な取り組みは台湾の国際的名声の拡大につながっている。毎年10月に開催される台北でのLGBTパレードは、ここ数年はアジア最大規模のパレードとして国際社会から多くの参加者を得ている。大法官判決を大きく報じたメディアも主に欧米のメディアだった。

パネリストの呂さんは、日本と台湾の共通点ついて、日本も台湾も、キリスト教の社会ではなく、対人関係であまり衝突を好まないところがあり、LGBTであることまでは家族も否定しないが、周囲に知られることは避けてほしいと考える傾向がある、と述べた。

「私も、15年かけて父母に私がレズビアンであることを理解してもらった。家族だけでなく、時間はかかってもじっくり社会を説得したい。私がよく言うのは、私のことを嫌いでもいいが、私の法律的権利を剝奪しないでほしい、国民全員にLGBTを好きになれとは言わないが法律の平等を認めてほしい、ということ。法の下の平等を実現するのは国家の責任なのです」

台湾では若者向けの政策提言が人気獲得の王道

日本ではLGBTという言葉すらまだ定着していない。性同一性障害という「障害」を使った表現もまだ広く使われている。もちろん憲法やその他の法律においても性的指向に対して、平等に扱われる権利として明記されていない。LGBTについては後進性が目立つ国だと見られている。

会場で呂さんと鄧さんに「これまでの運動の中で、日本の事例を参考にすることはありましたか」と尋ねたら、礼儀正しい2人は「ない」とは明言しなかったが、いささか、困った表情を浮かべた。

そう、日本に学ぶことは、あまりないのである。

ただ、日本社会はもともと性については閉鎖的ではなく、明治以前は武士や僧侶の間で同性愛行為は一般的なものだった。キリスト教の倫理で同性愛が宗教上の罪とされた欧米とは違っていたのである。明治以降の近代化のプロセスで、同性愛を異常視する価値観が持ち込まれ、「変態」という目で同性愛者を見るようになった。

その後、同性婚などが欧米で進んだが、日本はその変化についていない。その意味でも、台湾の動向が日本社会に与えたインパクトは大きい。

同性婚を認めることを公約に掲げた蔡英文総統が誕生した後も、台湾ではなかなか法整備が進まない問題がある。政権の背中を押した大法官の判断が出てからも、立法化の動きは遅々として進まない。

鈴木教授が「蔡英文当選イコール同性婚の実現かと思っていた。選挙でそれを公約にして当選しておきながら、一向に立法化が進まないのはなぜか?」と質問をぶつけると、郭さんは「まだ2020年まで任期があり、公約には反していません」と答えて会場を笑わせ、こう語った。

「蔡英文政権の閣僚や幹部には、同性婚に詳しくない古い世代の人材が多い。選挙運動の中では若い世代が蔡英文サイドに影響を与えた。蔡英文にとって同性婚は、若者の支持を得るための進歩的なイメージをつくるための手段だったのでしょう」

これに対して、鈴木教授は「同性婚の問題が若者を引きつける材料になること自体が日本とはだいぶ違っている。日本では同性婚問題は全く票にならない」と応じた。

実際、台湾政界では、同性婚について前向きな立法委員(国会議員)が民進党の尤美女氏や蕭美琴氏、新しい政党の「時代力量」の中に多く、積極的に発言している。人権や多様性といった問題を訴えると、日本ではすぐに「リベラル=左派」というマイナスイメージになってしまうが、台湾では「リベラル=若者の代表」という構図になっている。

高齢者の投票率が高くて若者の選挙離れが深刻な日本に対して、若者の政治参加が活発で若い世代ほど投票率が高いという日本と真逆の投票行動がある台湾では、若者受けするリベラルな政策は人気獲得の王道なのである。

日本も「欧米とは事情が違う」を言い訳にできない

シンポジウムで注目されたのは、2人の報告にあった「性別平等教育法」のことだ。台湾では2004年に同法が施行され、学校教育の中で、年間かなりの時間を割いて性差別をなくすための授業が行われる。

同法の施行から10数年が経過し、今の台湾社会でLGBTや同性婚を支持する人々は、この法律で育った世代が中心になっている。日本では、性同一性障害について教育現場で配慮するような文科省通達はあるが、制度的にLGBTを取り上げるには至っていない。根拠法がないため、対応が個々の学校や教員に任せられているのが現状だ。

婚姻における性の中立化は欧米の専売特許であり、日本には関係ないという認識が強かった日本に、台湾の「決断」が与える影響は大きい。

台湾のLGBT対応が何でも素晴らしいというわけではなく、先進的とも言い切れない部分もある。企業ではLGBT対策の取り組みはなく、地方自治体にも対策はほとんどない。カミングアウトする議員もゼロだ。

これに対して、日本では地方自治体の条例などで定めるところも多い。議員のカミングアウトもあり、LGBTに関する書籍も活発に出版されている。

ただ、同性パートナーシップ制は渋谷区や世田谷区などでの導入で日本が先を行っていたが、台湾でも急速に広がり、日本では制度利用者がまだ120組程度なのに対し、台湾では2000組以上に達し、あっという間に追い抜かれた。

鈴木教授はこう指摘する。

「日本と台湾はお互いが進んでいる点と進んでいない点がまだら状態になっているが、婚姻の平等化について政治的論点とすることに成功したことで日本よりはるかに先に進んだ形となった。台湾の実例を使って、欧米先進国だけを手本としてきた明治維新以来の脱亜入欧型の法学の在り方に新風を吹き込み、『欧米とは事情が違う』という言い訳を通用させないようにしたい」。

バナー写真=撮影:野嶋 剛

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