台湾を変えた日本人シリーズ:宜蘭を救った西郷隆盛の長男・西郷菊次郎

古川 勝三【Profile】

[2017.11.26] 他の言語で読む : 繁體字 |

台湾は日本と同じ環太平洋火山帯の上に浮かぶ島国である。したがって、地震もあれば火山も温泉もある。台湾の温泉文化は日本統治時代に日本人が根付かせた文化である。その温泉地として今、台湾人に人気を誇っている宜蘭の町の発展に大きく貢献した日本人がいた。

明治維新の英雄、西郷隆盛の息子、西郷菊次郎である。

西郷菊次郎(提供:古川 勝三)

台湾では、北投、陽明山、関子嶺、四重渓が四大温泉地と言われ、戦前、特に台北からも近い北投は人気があった。温泉文化は戦後に失われた時期があったが、現在は再び温泉ブームが起こり、西海岸に集中していた温泉場が東海岸にも広がりを見せてきた。その中でも特に宜蘭は人気が高い。2006年6月に12.9キロメートルの雪山トンネルが開通したことにより、台北から高速道路で30分で行けるようになった。このため宜蘭の温泉地は東京から90キロメートルあまりの箱根温泉と、台北から60キロメートルあまりの宜蘭温泉と似たようになり、最近はにぎわいを見せ始めている。

宜蘭(現在の蘭陽)平野の中心に位置する宜蘭市は、東は太平洋に面し、西側郊外には美しい田園風景が広がる。その中央を宜蘭川(現在の宜蘭河)と呼ばれる台湾山脈に源を発する川がゆっくり東へ流れていく。宜蘭川が台湾山脈から運んでくる肥沃(ひよく)な土の堆積によって作られた宜蘭平野からは豊かな農作物が採れ、「竹風蘭雨」という言葉があるように水豊かにして昔からユートピアと呼ばれていた。

しかし、風光明媚(めいび)なその景色も、夏、台風の直撃によって大暴風雨となると一変する。宜蘭川の濁流は堤を乗り越え、あるいは堤を寸断して田畑や家を押し流し、伝染病がまん延し住民は連年洪水に苦しめられていた。この宜蘭川の氾濫から街を守ることが住民の長年の悲願であった。この悲願を解決したのが、西郷菊次郎だった。

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  • [2017.11.26]

1944年愛媛県宇和島市生まれ。中学校教諭として教職の道をあゆみ、1980年文部省海外派遣教師として、台湾高雄日本人学校で3年間勤務。「台湾の歩んだ道 -歴史と原住民族-」「台湾を愛した日本人 八田與一の生涯」「日本人に知ってほしい『台湾の歴史』」「台湾を愛した日本人Ⅱ」KANO野球部名監督近藤兵太郎の生涯」などの著書がある。現在、日台友好のために全国で講演活動をするかたわら「台湾を愛した日本人Ⅲ」で磯永吉について執筆している。

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