仏映画『マリリンヌ』:抗うことばをもたぬ女性たちへ
第30回東京国際映画祭・最優秀主演女優賞受賞作

丸山 有美【Profile】

[2017.11.16] 他の言語で読む : FRANÇAIS |

ハリウッドの大物プロデューサーによるセクハラ騒動を機に、ハッシュタグ「#MeToo(フランスでは#BalanceTonPorc)」を合言葉に各国の女優やアーティスト、有名無名を問わぬ大勢の女性がSNSで性的被害の告白を始めてひと月余りが経ち、その勢いはいまだ衰えていない。「#MeTooMen」として男性側からの声も上がっている。

フランスではレア・セドゥ、メラニー・ロランら人気女優が性的被害を告白し支持を集める一方、73歳のカトリーヌ・ドヌーヴは個人的な体験や苦しみの告白は「何の問題の解決にもならない 」との考えを表明し、SNS上での動きを「ずいぶん品のない騒ぎ 」とコメントするなど、騒動をめぐる議論は各所で過熱している。

なお、日本ではいまのところ著名人による同様のSNS投稿は報じられておらず、まだ小さな裏のムーヴメントにとどまっているように見える。10月、レイプ被害を告発した『Black Box』(文藝春秋)を上梓したジャーナリストの伊藤詩織さんは、日本の司法、社会のシステムは性犯罪被害者のために機能していないと記者会見で述べた。恥を恐れる日本人の心理としては、SNSで発信しても、覗き見趣味の人々を喜ばせるだけか、被害者に非があると口汚く罵られるだけだと思って、消極的になってしまうのだろうか。

そんな折に第30回東京国際映画祭(2017年10月25日~11月3日)で見た1本のフランス映画が心に残った。若い女優が主人公の物語で、性的被害がテーマというわけではないが、女性が受ける数々の試練がリアルに描かれ、主演女優の存在感がひときわ輝きを放っていた。ギヨーム・ガリエンヌ監督によるフランス映画『マリリンヌ』である。果たして主役のアデリーヌ・デルミーは最優秀主演女優賞を獲得した。

闇から光へと導かれた女優の物語

小さな村でアルコール中毒の母親と暴力的な父親のもとに育ったマリリンヌは20歳。言葉少なで繊細、人見知りながら演技に情熱を燃やす彼女は、女優になることを決意してパリへと発つ。なんとか大作に出演する機会を得るも、予想外の出来事と屈辱的な扱いにすっかり打ちのめされて逃げ出してしまう。その後何年も演技の道を離れてアルコールに溺れ、工場の書類仕分け係として働くマリリンヌに、再びチャンスが巡ってくる。撮影の日、スタッフから無能扱いされた彼女はいつかのように動揺し自分を見失いかけるが、ベテラン女優ジャンヌが思いがけない言葉をかけて……。

本作は、ガリエンヌ監督が15年前に聞いたある女性の体験をベースにしている。監督は「寡黙な人々に心を打たれる」と、自身を守るためのことばをもたない女性を主人公にした理由を語る。ことばによる自己主張がむずかしい人の激情の表れ、そういう人を理解しようとしない人々の暴力的になりがちな言動、そして、そういう人に温かな目を向けた人々のほんの小さな働きかけが、「シンデレラの魔法使いのように」人生を闇から光へと導く力を持っていることが本作には描かれている。

演じることで輝きを増し、人とのつながりを築くヒロインの姿を映すスクリーンの背後からは、俳優としても活躍するガリエンヌ監督の「だから役者はやめられない」(と言ったかは知らないが)という声が聞こえてきそうである。役者稼業をめぐって、ベテラン女優ジャンヌがマリリンヌに投げかることばの数々も含蓄が深い。台詞を言えることがすべてではなく、生まれながらに備えたミステリアスな「陰と無意識」も女優の才能であること。また、「女優であることは女であることと同じで逃れられない」ということばには、役者として生きることへの覚悟が感じられる。

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  • [2017.11.16]

自称「フランス便利屋」(編集、執筆、翻訳、イラスト、デザイン)。得意分野は、フレンチポップスと映画と文学、他フランス文化全般。学習院大学卒。雑誌『ふらんす』前編集長。共著に『メディアの本分』(2017年、彩流社)、装幀にセリーヌ・ラファエル著『父の逸脱―ピアノレッスンという拷問』(2017年、新泉社)がある。

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