台湾も日本も、都市に暮らす30代はみな孤独——日本公開の『52Hzのラヴソング』魏徳聖監督が語る新作の魅力

文化 Cinema

この映画のテーマは都市の孤独だ。都市に生きる孤独な30代の男女が、どうしたら本当の愛情とパートナーを見つけることができるのか。12月から日本で公開される台湾映画『52Hzのラヴソング』の監督、魏徳聖(ウェイ・ダーション)は、そんなロマンあふれる問いを真正面から作品に込めた。

『海角七号〜君想う、国境の南』『セデック・バレ』『KANO〜海の向こうの甲子園〜』の日本時代三部作で、すっかり日本に大勢のファンを抱えている。その魏徳聖が、6年ぶりの監督作品として新たに選んだテーマは「都市に生きる30代の孤独」という意外さにまず驚かされる。

だが、魏徳聖にとって、極めて自然な選択だったという。

「私の基本の部分は変わっていないけれど、『海角七号』の成功があまりにも突然で、生活がガラッと変わりました。『セデック・バレ』を撮るのはとてもつらかった。大変な苦労をした。でも金馬奨をもらえた。『KANO』を撮るとき、自分は何でもできる心情になり、監督を別の人に任せ、自分はプロデューサーになって他のことも一緒にやろうとした。でも結局、監督でなくても、仕事は山ほどあった。その後、自分の心はまた小さな方に向かって、『52Hz』を作りました。でも、どの作品も私にとっては全部かわいい子供たちです」

30代を励ましたい

52Hzという高い周波数で鳴く、世界に1匹しかないとされる実在するクジラがいる。このクジラの別名は「世界で最も孤独なクジラ」。その孤独なクジラをヒントにしたミュージカル映画で、17曲のオリジナルソングが流れる。明るく楽しめる作品のタイプとしては『海角七号』に近いようにも思える。その意味では「原点回帰」という要素もあるのだろうか。

撮影:野嶋 剛

「『海角七号』は、都市から故郷に戻った若者が愛情と信じるものを見いだすストーリーでした。この映画は、都市に生きる孤独な人たちが、どうやって愛情を見つけるのか、決して一人ではないことを信じられるようになるのか、考えてもらいたいと思って撮りました」

実は、バレンタインデーの1日に起きたことをテーマにした作品を撮るというアイデアは、昔から魏徳聖の頭の中にあった。それは自分の体験に根差す。理解する鍵は「30代の難しさ」にある。主人公たちは皆おおよそ30代。恋愛に恵まれず、仕事もいまいち。夢はあるけど、壁にぶつかっている。

「今の我々の社会では、30代が一番悲惨な世代なんです。ケアが必要なのに、もっとも関心が持たれていないグループでもあり、彼らは無力さを感じています。夢も希望もあるけれど、愛情が十分ではなく、心が傷ついて、孤独の中にいる。彼らを励ましたいと思って撮った映画です」

(C)2017 52Hz Production ALL RIGHTS RESERVED.

魏徳聖も「私自身も、30歳から40歳にかけてが一番つらかった」と振り返る。

「能力があるのにチャンスがない。つらい時代でした。個人会社を開いたけど仕事はなくて、妻は銀行で働いてぼくを養ってくれていた。けんかもたくさんした。私は映画の中の歌手の『大河』(スミン飾)でした。ロマンチック過ぎる男性と、現実的な女性。芸能界、映画館はそんな人ばかりです。友人の映画監督の楊力州も同じで、奥さんと映画を見に行ったら、奥さんがずっと泣きっぱなしで困っていたと笑っていました。30代の苦しさは日本もそうですよね」

映画を撮る楽しさを思い出させた作品

作品の肝は、2人の同性愛の女性カップルである。演じるのは、人気女優の張榕容と李千娜。最初は不幸な境遇にいるという設定で始まった主役の4人の男女に比べて、同性愛の2人の方が、はるかに幸福で、自信を持って愛し合い、周囲の人たちを励ましているように見える。

「映画では、彼らは一番楽しそうに生きています。彼らは正常な人たちを励まし、愛情の価値を信じさせようとします。立場が逆転しているのです。それぐらい、都市の男女の孤独は深刻で、むしろ普通ではないと思われる同性愛の人たちが健全な恋愛をしていることを際立たせたかったのです」

今、魏徳聖は次回作の歴史大作のために企画やコンテ作り、資金集めに奔走しており、長い準備期間のため、すぐに撮影が始まるわけではない。その間に一つの作品を作る時間があることに気づき、脚本はすぐに2〜3週間で書き上げた。曲を作ってもらい、役者を探した。

魏徳聖監督と筆者(提供:野嶋 剛)

「この映画では、文化の対立や歴史の負荷もなく、事実の検証も必要ない。撮影は1か月ちょっとでクランクインしてしまいました。その代わり、キャスト探しには随分時間をかけました。撮影は本当に楽しく、改めて、映画を撮るって本当に楽しいことだと思い出しました(笑)。『海角七号』のときは、台湾映画を立て直すんだ、自分はいい映画を撮るんだとまだ力んでいましたからね。携帯電話やパソコンばかりいじっていないで、どんどん相手にぶつかって、恋愛してほしい。この世にはチャンスがたくさんあるはずです」

「魏徳聖ファミリー」が大集合する映画

この作品は、台湾映画市場に名を残す伝説的作品となった魏徳聖の出世作『海角七号』からちょうど10年という歳月を経て制作された。映画では、懐かしい『海角七号』の主役たちも脇役として登場する。

魏徳聖は最初、彼らを主演として、10年後の彼らの姿を描くことを検討したが、断念した。

「もともとは、彼らに演じてもらいたかった。でも、みんな本当に40歳以上になってしまったので、新しい人たちに機会を与えようと計画を変えたのです。最後のレストランのシーンに、みんな出てきてもらいました」

范逸臣、馬念先、應蔚民、民雄、田中千絵ら『海角七号』のメンバーの他、主演の一人は『KANO』で主題歌を歌った先住民歌手のスミン。『セデック・バレ』で圧倒的な存在感を示した林慶台も、重要な役割を演じるチョコレート職人として登場しており、まさに魏徳聖ファミリーの映画でもある。

『海角七号』のメンバー (C)2017 52Hz Production ALL RIGHTS RESERVED.

過去の作品はいずれも台湾のみならず、日本でも好成績を収めた。日本人にどうして自分の作品が愛されるのか?

魏徳聖は、こんな風に見ている。

「日本の観客は当然、日本に関係した題材なので興味を持つのは分かります。さらに、私の歴史解釈の方法が、善人と悪人を意識的にあえて分けないで、そのまま公平に描こうとしているからではないでしょうか。私は意識的に、日本を美しくも、醜くも、描こうとはしていません。ハリウッド映画や中国、香港映画のように、日本人は全員悪人、ではないのです。なぜ、彼や彼女はあのように行動したのか、ということを私は問うているのです。もちろん私でも答えが出ないものもあります。特に『セデック・バレ』。死んだ方がいいと思うぐらい悩んで苦しみ、それでも結論が出ないものもありました」

田中千絵さん (C)2017 52Hz Production ALL RIGHTS RESERVED.

魏徳聖は、常に過去の自分をどうやって乗り越えるのかを考えている監督だ。だから、新しい作品はいつも前の作品のイメージを記憶に残している観客の期待を裏切ることになる。次回作は、清(しん)朝による台湾統治が始まる前の台湾の歴史ものだという。しかも三部作。どんな作品になるのだろうか。まずは今年のクリスマスに『52Hz』を楽しみながら、じっくり待ちたい。

バナー写真=(C)2017 52Hz Production ALL RIGHTS RESERVED.

映画 台湾 日本 台湾 映画 台湾 映画