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日本の体制と選挙制度はだれの野望を駆り立てたのか——台湾人が見た日本の選挙

郭 国文【Profile】

[2017.12.10]

2017年9月中旬、日本の安倍晋三首相が突然、衆議院解散の意向を示したと伝えられた。偶然にもちょうど、蔡英文総統が憲法改正の考えを提出したタイミングだった。日本の選挙制度であれ体制であれ、それらが国政選挙において生み出した現象には参考になることがあるだろうし、これまでの台日における選挙制度の比較研究も興味深い。さらに、このたびの憲法改正で、台湾の体制が再び変革されるかもしれない。そこで、日本の国政選挙を観望してみよう。

9月28日に安倍首相が臨時国会冒頭で解散を宣言したことで、第48回衆議院総選挙が始まった。それからの政界の変動には、目を見張るべきものがあった。(安倍政権が発足した)5年前の衆議院解散と比べても、その派手さは勝るとも劣らなかった。そして10月22日の投票結果で、安倍首相率いる自民党と連立相手の公明党は465議席中313議席を獲得。憲法改正の改憲案を発議できる全議席の3分の2を超え、自民党だけでも284議席の安定多数を獲得した。第3次小池旋風が巻き起こるとの予想があった「希望の党」は50議席の獲得にとどまり、一方では民進党から独立した左派政党の「立憲民主党」が55議席を取り、最大野党になった。

今回の総選挙の結果からは、自民党政権の優勢さや野党の統合ができていなかったことだけでなく、日本の内閣制度と選挙制度に内在する憂慮すべき難問と、関連する制度設定が、野党にとっての状況打開のために有効な戦略や、地方政治の指導者が国家の最高権力を手にすることができるかどうかの運命に影響していることも確実に浮かび上がってきた。

体制・選挙制度・党制度が安倍1強を作った

日本では第二次世界大戦後、23回の衆議院解散が実施された。安倍首相の今回の解散は第24回であり、過去わずか4回しかない国会開会と同時の解散宣言だった。このあまり見られない国会開会と同時の解散、特に8月に内閣改造をしてから短期間に急いで国会を解散して改選したことからは、改選時期を一定程度制御しようとしたことが明らかに見て取れる。安倍首相は加計学園・森友学園疑惑に直面して衆議院の任期終了前の解散を迫られていた。折しも野党の民進党では蓮舫代表が東京都議会選での敗北で辞任したため党首が交代し、山尾志桜里議員のスキャンダルが発覚した。安倍首相はこのチャンスは逃せないと認識し、朝鮮半島問題などの「国難突破」と、一般的には「大義」とまでは認められない理由で衆議院の解散を実施したとする分析も数多い。ただし一方では、安倍首相が衆議院の解散総選挙を強行したことからは、日本の内閣制度と選挙制度がもたらした与党党首への権力集中が突出して示された現象であることも見て取れる。

現行の日本の憲法第7条では、内閣(事実上は首相)に、いかなる制限もなく天皇に対して衆議院解散を提言する権力が与えられている。与党党首が1人で決定できるわけであり、首相には相当に大きな権限が与えられていることになる。

日本では1994年に、衆議院選挙が中選挙区制から小選挙区と比例代表の2票投票の小選挙比例代表並立制に変更された。従来の中選挙区制では多党制を奨励するために、政党にはどの選挙区でも議席を獲得するチャンスを与えられ、そのことにより政治的権利が分散されていた。候補者はより多くの投票を得るため、通常は個人の特色をより多く打ち出した。選挙結果を見ても、政党色の強さよりも個人の資質や特質をはっきり示した者が当選することが比較的多かった。簡単に言えば、この選挙制度は自主性が比較的強い国会議員を生み出した。だが派閥の解消と政党政治を実現するために細川護熙内閣が主張した選挙制度の改正が自民党の主導の下で進められ、小選挙比例代表並立制が採用された。中選挙区制から小選挙区制に変更された結果、選挙区はほとんどの場合に党対党の戦い、はなはだしきは党首対党首の対決の場となった。そしてそれ以来、有権者が候補者の個人的特色を本位に選択したことで当落が決まる傾向は相対的に弱まったようだ。

さらに、規模が大きく歴史のある政党内部における候補者選びのメカニズムでは、自民党を例にすれば、それまで通り党の地方支部の推薦が主であるので、候補者になれるかどうかでは先輩の顔色をうかがうことになる。選挙区以外の4割を占める党の比例名簿の順位については言うまでもない。このような状況で、特に与党の議員は、議論がしにくくなっている。首相が衆議院を解散した際に、党内で圧力を受けて公認候補者になれず選挙期間中に冷遇されることを避けるためには、党への忠誠を示すことがさらに必要になると言うよりも、それ以外の選択肢はないということだ。従って、小選挙区制を実施した後には従来の派閥が弱体化して、党首をチェックしてバランスを取ることができなくなっただけでなく、国会内でも個別の議員が弱体化して、重要な事柄について議論する余地がなくなってしまった。

このように日本の小選挙区並立制は、大政党に議席増という党勢拡大をもたらした以外に、党内の諸権力を掌握する党首・現職首相が党外に対しても1強、党内でも1強となった。衆議院解散という専権事項も有していることから、大きな権力が一身に集まったのは自然な現象だ。党内で党首の地位に挑戦する者が出ない限り、あるいは党首自らが政権運営のできなくなる事態を起こさない限り、現行制度において日本の首相は相対的に揺るぎない立場だ。

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  • [2017.12.10]

台湾民進党所属の政治家。学生運動、選挙応援活動により労働運動家と知り合い、社会運動に携わる。2004年、民進党台南県党組織主任委員に就任。国民大会代表を経て、県政府管理処長に就任。2010年、台南市議会選に出馬し当選、2期務める。16年5月、入閣して労働部政務次長に就任。17年9月に辞職。現在は台南市長選挙の応援活動に従事。

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