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「在日台僑」と「在日華僑」の間で——在日中華民国国籍保持者/台湾出身者をどう位置づけるか

岡野 翔太【Profile】

[2018.01.20]

在日「台湾人」の国籍の現状

1945年以前、日本は台湾を統治していた経緯もあり、今なお日本には、その時代に来日した台湾人やその子孫が多く居住している。45年に中華民国が台湾を接収してからも台湾から来日する人は存在し、さらに台湾が民主化を成し遂げてからも来日する人は存在する。

ただ同じ在日「台湾人」とは言っても、来日した時期や彼らが青春時代に受けた教育やその当時の国内・国際情勢によって、彼ら自身のアイデンティティーや台湾認識は異なってくる。そのため今の台湾に生き今の台湾を知る者が、重層的な歴史をくぐり抜けてきた在日「台湾人」/団体に目をやると一種の違和感を抱いてしまうだろう。

王貞治氏、ジュディ・オング氏、王育徳氏。彼らは、日本と台湾の両国でよく知られる在日「台湾人」であろう。ところが、彼らの「国籍」に目をやると、想像以上に複雑な状況が浮かんでくる。

王貞治氏は台湾人ではなく、祖籍を浙江省に持つ在日華僑の二世であり、台湾とは地縁・血縁関係で結ばれてはいない。王貞治氏のように49年の中華人民共和国の建国と中華民国の台湾移転以前から日本に居住する華僑の子孫で、72年に日本が中華人民共和国を承認しても、中華人民共和国国籍に切替えず、中華民国国籍を所持したままの華僑も一定数存在している。当然ながら、彼らは中国の改革開放後ようやく中華人民共和国旅券を所持して海外へ出られるようになった中国人(新華僑)とは異なる。

歌手のジュディ・オング氏は1950年に台湾に生まれ、52年に来日した本省人である。72年、日本と中華民国の国交断絶を機に、日本国籍を取得した。この時期に中華民国国籍を放棄して、日本国籍を取得した在日「中華民国国民」は多い。また、一部には日本国籍ではなく、「中華人民共和国国籍」を取得した在日台湾人もいる。

王育徳氏は1924年台南に生まれ、43年に東京大学へ進学した。戦後、台湾へと戻り、47年の二二八事件以降、身の危険を感じた王は49年に再来日する。1960年には台湾青年社を結成し、機関紙『台湾青年』を発行して(中華民国政府からの)台湾独立の必要性を訴え続けてきた。そのため、国民党専制下にある中華民国政府ににらまれ、彼の中華民国旅券は剥奪され、85年に61才の若さでこの世を去った。

このように、在日「台湾人」には「中華民国国籍」でない者も存在する。そして、海外において中華民国国籍を持つ者は台湾人だけとは限らない。そのため、単に「台僑」といってもそれが「中華民国国籍」の視点で述べていることなのか、それとも台湾の島から出た人のみを指しているのか、用語を使う人も、聞く人も注意を払う必要がある。

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  • [2018.01.20]

大阪大学人間科学研究科博士課程。台湾名は葉翔太。1990年兵庫県神戸市生まれ。父は1980年代に来日した台湾人、母は日本人。小学校、中学校は日本の華僑学校に進む。専攻は華僑華人学、台湾現代史、中国近現代史。著書に『交錯する台湾認識-見え隠れする「国家」と「人びと」』(勉誠出版、2016年)。

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