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平昌五輪:「4回転時代」の男子フィギュアスケートが向かうその先

青嶋 ひろの【Profile】

[2018.01.24]

4回転5本でも「物足りない」

この1月、全米フィギュアスケート選手権の男子シングルを、テレビ中継で見ていた時のこと。実況のアナウンサーがネイサン・チェンのフリー演技を見て発した一言に、驚愕(きょうがく)してしまった。

「物足りないですね」

優勝したチェンの演技は、4回転フリップ2本を含む4回転5本を組み込んだ構成で、4回転は全て成功。ただ、これまでは4回転ルッツ2本を入れる演技構成だったため、ルッツがないことを「物足りない」とそのアナウンサーは言ったのだ。4回転フリップとて、現在、世界でチェンと宇野昌磨の2人しか成功していない大技だ。それを2本も見たというのに、「物足りない」と。

一体いつから、フィギュアスケートはそんな見方をされるようになってしまったのか。

チェンの演技が少し物足りなかったとすれば、素晴らしい4回転を5本も成功させるために、本来彼が持っているスケーティングの滑らかさや、クールな表現が抑えられてしまったことの方なのだが。

見どころは、4回転ジャンプだけなのか。どの種類を何本跳ぶか、そのことだけが眼目なのか。フィギュアスケート男子は、いつからそんな競技になってしまったのだろう。

チャンピオンの「勝ち方」に注目を

開幕まで2週間余りとなった平昌(ピョンチャン)五輪。男子シングルでは誰が勝つのか、大いに取り沙汰されている。しかしそれ以上に注目したいのは、新しい五輪チャンピオンがどんな勝ち方をするか、だ。

五輪前年、2017年の世界選手権は、3位までの選手が全員4回転4本とトリプルアクセル2本を成功させるという、驚異的にハイレベルな戦いだった。この年の表彰台は、羽生、宇野、金博洋(ボーヤン・ジン、中国)の3選手。彼らに加え、トリプルアクセルは苦手だが、その分4回転を5本成功できるネイサン・チェン。恐らくこの4人の中から、五輪王者は決まるのだろう。

しかし、彼らが多種類多回数の4回転に失敗したとき、4回転の本数は少ないものの、芸術性や安定感で秀でるハビエル・フェルナンデス(スペイン)、パトリック・チャン(カナダ)、ミハエル・コリヤダ(ロシア)にもチャンスがある。

逆に、ジャンプ技術はトップ選手に匹敵するが、まだ実績やプログラム表現の面で評価の低い若手、ヴィンセント・ゾウ(米国)、アレクサンドル・サマリン(ロシア)。彼らが全ての4回転を成功させた場合、他選手の失敗があれば上位に食い込める可能性はある—事前予想は、そんなところだろうか。

五輪では、やはり全ての選手の最高の演技を見たい。4回転を連発した選手たちが次々に失敗、などという展開は、絶対に見たくない。しかしそれ以上に恐ろしいのは、4回転を4回、5回とパーフェクトに跳んだ選手が、フィギュアスケートの大切な部分—音楽とスケーティングが融合した身体表現—を全く見せずに、ジャンプのすさまじさだけで優勝してしまうことだ。

4回転偏重で犠牲になるもの

羽生、チェンら、多種類多回数の4回転に挑戦している選手たちは、決して単なるジャンパーではない。世界トップクラスまで上り詰めただけあり、どの選手もスケーティングや音楽表現にも秀でている。しかし勝負の場、なるべくたくさんのジャンプを跳びたい、となったとき、4回転は彼らから全てを奪ってしまうのだ。集中力も体力も4回転のために使ってしまえば、凝った作りのプログラムは空っぽになり、一体となるはずの音楽はただのBGMと化す。彼ら自身がそれを望まなくとも、多回数の4回転を跳ぶためには、そうならざるを得ないのだろう。もし彼らが、4回転を2本程度に抑えれば、本来持っている魅力の多くを見せられるはずだ。しかし彼らはジャンパー。五輪では自分のできるマックスの構成に挑んでくるだろうし、最後の最後には、全てを捨てても跳ぶことを選ぶかもしれない。

そんな演技で、五輪チャンピオンが決まったとき。現在のルールにのっとり、爆発的な4回転の威力を見せての勝利は、強烈なインパクトを残すだろう。しかしその勝ち方を見た世界中の人々は、男子フィギュアスケートは、ただ跳ぶことを見せる種目だと思ってしまわないだろうか。

平昌五輪後、国際スケート連盟(ISU)は4回転の基礎点を下げる方向で検討している、との報道があった。そこで多少、4回転偏重の傾向は抑えられるかもしれない。しかし世間にはすでに、4回転ルッツを跳ばないだけで「物足りない」と言ってしまう、そんな見方が広がっているのだ。フィギュアスケートのジャンプだけではない華麗さ、鮮やかな色彩を楽しんできた人々にとっては、なんとも悲しい状況だ。

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  • [2018.01.24]

フリーライター。2002〜03年シーズンからフィギュアスケートの取材を始め、関連の著作・企画本を手掛ける。著書に『最強男子。高橋大輔・織田信成・小塚崇彦 バンクーバー五輪フィギュアスケート男子日本代表リポート』(朝日新聞出版、2010年)、『羽生結弦物語』( KADOKAWA, 2015年)『百獣繚乱―フィギュアスケート日本男子―ソチからピョンチャンへ』(KADOKAWA、2015年)など多数。

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