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日本研究の総本山・国際日本文化研究センター30年の軌跡

小松 和彦【Profile】

[2018.04.06]

国際日本文化研究センターは、国内外の日本研究者をつなぐハブ的な機能を果たしている。30年の歴史や世界の日本研究のトレンドなどを踏まえ、日文研の果たすべき役割を小松和彦所長が展望する。

国際日本文化研究センター(日文研)は、1987年5月に、「国際的、学際的、総合的な共同研究の推進」と「世界の日本文化研究者たちの支援」を主な目的として掲げ、当時の文部省直轄の大学共同利用機関として設置され、昨年(2017)年5月に、創立30周年という節目を迎えた。なお、日文研は、現在は法人化され、大学共同利用機関法人・人間文化研究機構を構成する機関の一つとなっている。

創立時はバブル経済期のまっただ中で、海外から日本の驚くべき経済的成功を声高に称賛する声が上がっていた。しかしその一方で、ステレオタイプ化されたり、誤謬(ごびゅう)に満ちたりした珍妙な日本人像が語られ、ジャパン・バッシングも激しくなされていた時代だった。

そうした状況を目の当たりにして、自分たちの手によって、自分たちの国の文化について、しっかりとした裏付けのある研究を行い、その成果を世界に向けて発信すべきだという機運が、日文研設立の立役者ともいうべき京都大学の桑原武夫や初代の所長に就いた梅原猛、国立民族学博物館の梅棹忠夫らを中心に高まった。こうした京都学派の学者たちの提言に共感した当時の中曽根康弘首相の肝いりで設立が決まるなど、異例ずくめの経緯を経て設立された。

春画や妖怪の研究も

設立当初は、そうした経緯もあって、設立の評価は毀誉褒貶(きよほうへん)かまびすしいものがあった。とりわけ一部の歴史系研究者や学会からは、特異な考えに基づいた研究がなされるのではないかとの危惧が表明されもした。しかし、教職員の忍耐強い努力と、国内外の客員・外来研究員たちの支援や、各方面から注目される独創的な共同研究を積み重ねたおかげで、現在では、そうした懸念は払拭(ふっしょく)されている。「NICHIBUNKEN」の名を知らない者は日本研究者として恥ずかしいと思われるほど、国内外の研究者から注目される国際的な研究所へと発展してきた。設立当初からの教員はほとんど退職したが、次世代への交代が順調に進み、若手の所員の活躍も目覚ましいものがある。

設立以来組織された共同研究はおよそ150を数え、それらに参画した国内外の研究者はおびただしい数に上る。中でも「春画」「妖怪」「性」「絵葉書絵地図」など大学では行うことが難しい素材を扱った共同研究は、世間からも注目を集めてきた。また、海外から招聘(しょうへい)した外国人客員研究者も500人を超えた。これらの研究者たちは、それぞれの国の日本研究の先導者であり、日本文化の魅力を伝えてくれる伝道師の役割を担っているとともに、海外の日本研究のネットワーク形成にも貢献している。

海外の日本研究のハブとして

さらに、日文研は、海外の大学に所属する主要な日本研究機関と連携し、在外公館や国際交流基金などの支援も得ている。国内外で国際研究集会も毎年開催し、開催地域の研究者との交流や研究情報の収集を行っており、その成果の上に、世界の日本研究のリサーチ・センター、ハブ機能としての役割も果たしている。

研究情報機能の重要な核となっているのは、50万冊を超える書籍を所蔵する図書館である。特に、外国語で書かれた日本研究書の収集に力を注ぎ、その充実ぶりは、国内のみならず世界でも屈指であると評価されている。これらの日本研究書から抜き出した画像、すなわち「外国人の目に捉えられた日本の姿」(外像)のデータベースは、日文研のユニークさを物語るものとして挙げることができる。また、研究のために収集した「古写真」「絵葉書」「春画」「妖怪絵」なども博物館や美術館などに貸し出すなどして広く活用されている。

50万冊を超える日本研究に関する蔵書を誇る図書館

このように、日文研は、多様でユニークな学際的共同研究や、世界を駆け巡っての学術外交・国際的支援、日本関連の貴重な資料収集を進めてきた。この30年間で、日本研究を取り囲む社会・文化の状況は大きく変化しており、こうした国内外の状況の変化に対応してその研究内容や機能を徐々に変えてきた。創立30周年という節目を迎えたことをきっかけにして、目下、これまでの成果や問題の総点検を行い、それを踏まえてこれからの10年、20年を展望する作業を進めている。

世界各地の日本研究を眺めると、日本研究に関して長い歴史をもつ国や地域もあれば、最近ようやく大学で日本語・日本文化を教える教員を得た国もある。当然のことながら、日本文化に関する教育や研究のレベルは異なっている。従って、海外の日本研究者の支援をミッションとしている日文研としては、もちろん、それらの国々の研究者への研究レベルに応じたきめの細かい支援を怠るわけにはいかない。教職員の数が限られていることもあり、海外から研究者を招いたり、所員が世界各地を飛び回ったりするだけではなく、インターネットを介して迅速に研究情報を提供したり、研究者を結びつけたりするなど効率的な情報の集積・発信機能の再構築を急いでいる。

研究の国際化に対応

創立当時は、国内では「国際日本研究」「国際日本学」と称する研究機関や大学の専攻は皆無だったが、近年は同様の名称を用いた学部・学科が次々に誕生している。この背景には留学生の増加があり、近年の特徴は、日本の大衆文化の世界的な浸透の結果、日本語を習得し日本の大衆文化をより深く理解しようとする学生が増えつつあることである。

そこで、日文研では、海外での日本の大衆文化への関心の高まりを踏まえ、日本の大衆文化をより深く、より体系的に捉えるためのプロジェクト「大衆文化の通時的・国際的研究による新しい日本像の創出」を2016年度から6年計画で発足させた。今後、このプロジェクトを軸に海外研究機関との連携をいっそう強化しようと考えている。また、増加する「国際日本研究」「国際日本学」を標榜する大学や研究機関間の連携・相互交流を図る組織として「国際日本コンソーシアム」の設立と運営を率先して行っている。

もっとも、大衆文化プロジェクトにせよ、国際日本研究コンソーシアムにせよ、実りある成果を生み出す基礎となるのは、共同研究プロジェクトを主宰する研究者やそこに集う研究者たちの日頃からの個人研究である。しっかりした個人研究なくして共同研究の成功はあり得ないので、そのための支援も怠るわけにはいかない。

いずれにしても、これからの日本研究は、「インターナショナルな日本研究」「グローバルな日本研究」という観点がますます必要になってきている。したがって、本センターの役割は、いっそう増すことはあっても、減じることはないであろう。

今後も、国内の研究動向を的確に把握しつつ、国外の研究動向にも注意を払い、埋もれた日本文化を発見し、また日本文化の新しい魅力を発信するための努力を、地道かつ忍耐強く続け、日本が誇れるかつ世界から高く評価されるユニークな研究所にしていきたいと考えている。

バナー写真=国際日本文化研究センターの外観

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  • [2018.04.06]

国際日本文化研究センター所長。専門は、民俗学・文化人類学。1947年東京都生まれ。東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程単位取得退学。信州大学助教授、大阪大学文学部助教授、教授を経て、97年より国際日本文化研究センター教授。その後2010年より同センター副所長を兼務、12年4月より現職。13年紫綬褒章受章。16年文化功労者顕彰。

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