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エジプト人との付き合い方

池田 巴【Profile】

[2018.06.18]

感情をぶつけ合い、心を通わせる

1979年、門戸開放政策を取ったサダト政権下のエジプトでの話である。当時私は38歳で、在エジプト日本大使館の文書課に勤務していた。

アスワン・ハイ・ダムのあるナセル湖畔には当時、テラピアという淡水魚が大量に打ち捨てられていた。砂漠に暮らす人々は漁民ではないので、自分たちの食料として利用する以外は捨ててしまっていたからだ。このテラピアを日本の冷凍・運搬技術を用いて廉価なタンパク源として国民に提供するため、日エジプトの合弁会社が現地に一大漁業コンプレックスを建設することになり、私は誘われて同社カイロ事務所の代表として働くことになった。魚心あれば水心と言うが、経験もないままビジネスの世界に入るのに抵抗がなかったのは、向こう見ずな性格もさることながら、私が先祖から受け継いだ大阪商人のDNAのなせる技だろうか。

アスワンには日本から大勢のエンジニアや専門家が派遣され、エジプト人の労働者、エンジニアと共に作業に従事していた。夏場には気温が45度を超えることもある過酷な環境である。ある日「日本人の職長に殴られてメンツを傷つけられた」とエジプト人エンジニアが空路はるばるカイロ事務所まで訴えに来た。日本人が職務ランクに関係なく、過酷な現場でも当然のように一緒に汗水垂らして働く一方、エジプト人エンジニアはエアコンの効いた事務所から一歩も外に出ないのが当時の常識だった。このような問題が何度も発生し、私は頭を悩ませていた。

日本人とエジプト人の諍(いさか)いの原因として、言葉だけでなく、時間や仕事、品質などに対する厳しさの違いによって生じるディスコミュニケーションを挙げるのは簡単だが、いかに調整すべきかは一筋縄ではいかない。

しかし、この諍いは意外な展開をみせた。

殴った日本人が「悪かった。ごめん」と謝ったことで、日本人の仕事ぶりに敬意を持っていたエジプト人の方でも「こちらも改めます」と態度を変えたのである。厳しい暑さの中、仕事をしないエジプト人を見るに見かねて殴った日本人は、人間として相手に対する怒りの感情を示したことで、逆にエジプト人に一歩近づくチャンスを作ったと言える。エジプトのように感情をぶつけ合う国では、感情的になって殴っても反省して謝罪すれば、それを機に「人間対人間」の関係が始まるのだ。

私もエジプト人と数え切れないほど口頭泡を飛ばす口論をした経験がある。エジプトをはじめアラブ諸国においては、文化習慣の違う者同士が素直に感情をぶつけ合い、その後でお互いに人間として心を通わせ合うことが大切だ。

いずれにせよこれは40年前の話で、今では部下に手を出す職長や、国際都市に変貌したアスワンのオフィスで机の上に足を投げ出し現場に出てこないエンジニアはいないと思うが‥。

女は度胸、男は愛嬌

日本人は均一な教育を受け、突出せず横並びが評価される社会で育つ。一方エジプトには、古代エジプト、地中海、アラブの文化的背景がある。地理的にはアフリカに位置し、人種・文化のるつぼであるばかりでなく、何度も外国の支配下に置かれた激動の歴史をくぐり抜けてきたため、多様性に富み、貧富や教育の格差も激しい。

日本人は右を見ても左を見ても清潔で仕立ての良い衣服に身に包み、同じ顔・言葉・考え方をする人たちがいる環境に育つので、違いを受け入れるのが苦手である。だからこそ日本に育った私には、エジプト社会の多様性が極めて魅力的に思えるのだ。エジプト人はそうした多様性に対応するためか、例外なくよくしゃべり、自己主張をし、語学能力に優れ、物事をあらゆる局面から理解分析する能力がある。ユーモアに富み、非常に柔軟な考え方をするので、黒や白がグレーになったり、その反対もあったりで、正確さを重んずる日本人には注意が必要だろう。

時間の概念もおおらかで、約束した時間から30分ぐらいはゆったり待つ心掛けが必要だ。国際感覚も優れているので、島国で育ち、品行方正でいつもニコニコと優しい日本人との駆け引きなどは、彼らにとっては赤子の手をひねるぐらい簡単なことだ。

エジプトに着いたばかりの頃は若かったので、周囲から「ナイーブ」と言われると「純粋でかわいい」と言われていると思い喜んでいたが、カイロ訛(なまり)のアラビア語が理解できるようになった頃、それが世間知らずの「あほ」だと言われているのに気付いた。エジプトでは強い個性を持つ人が尊敬される。一神教の教えに基づいた確固たる自我の形成ができている人だ。他人がこう言うとそれは違う、私はこう思うと言える自信に裏付けされた人格が尊敬の的になる。「個性がない」ということは魅力がないということだ。

エジプトではビジネスの場で女性が差別されることはなく、医師やエンジニアなどの資格を持つ女性は堂々と仕事をしている。日本には「男は度胸、女は愛嬌(あいきょう)」という言い回しがあるが、エジプトでは逆で「女は度胸、男は愛嬌」である。私の周りには「肝っ玉母さん」以外を探す方が難しいくらいだ。エジプトでかわいい娘(こ)ぶるのは「私はばかです」と宣伝しているのと同じだから、女性は気を付けた方がいいだろう。

ビジネスで大事なのは「誠実さと信用」

エジプトをはじめアラブ社会においてビジネスで成功する秘訣(ひけつ)は、基本的には「誠実さと信用」だと思う。ぶつかり合いながら、互いに理解を深めていくことが重要だ。仕事上で本音を言い合っていると、信用できる人と半分眉唾だから気を付けようと思う人が分かってくる。エジプト人は個性が強い上、話し上手だから、言い負かすのは大変だろうと思われるが、腹蔵のない言い合いを数え切れないほど経験して、訓練を重ねれば、少なくとも彼らの平均点かそれ以上に自己主張ができるようになる。私も今ではエジプト人に負けなくなった。電話でも自分の言い分をしゃべりまくるので、「池田さん、私にも話をさせていただけませんか」と相手から言われることも度々である。

現在私が働いているセラミカ・クレオパトラ・ジャパンが設立されたのは1995年で、今年24年目に入る。ビジネスを通じて日本とエジプトの交流を増やそうという趣旨に賛同したエジプト・ビジネス界の大物、モハッマッド・アボ・エル・エニン氏が率いるクレオパトラ・グループとの合弁会社で、同グループで製造された高品質タイルの輸入・販売を行っている。2011年にエジプトで起きた革命では、混乱の渦中に巨大工場の製造ラインが数カ月にわたりストップするという事態も経験した。

エジプトでは現在、国を挙げた大開発が進んでいる。スエズ運河拡張工事に始まり、砂漠の中に県と県を結ぶ立派な幹線道路が建設されている。かつて経験したことのない大規模な開発が行われており、国民の大多数は明るい将来を信じている。

他方、一部の役所ではナセル社会主義が残した腐敗体質がいまだ根強く、市民は必要な書類を受け取るために何度も役所通いを余儀なくされ、当然のように賄賂を要求される。このような組織的・人的な腐敗は、中年以上の役人たちにとって賄賂が既得権益であり、生活がそこから入る収入の上に成り立っている限り、彼らが定年退職するまで解決しないと言われている。今後エジプトでビジネスを進めていく上では、そうした社会的背景への理解も必要だろう。

バナー写真:クレオパトラ・グループのデザイン部長やスタッフたちと池田会長。イタリア・チェルサイエの国際タイル見本市ブースで(写真提供=セラミカ・クレオパトラ・ジャパン)

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  • [2018.06.18]

セラミカ・クレオパトラ・ジャパン代表取締役会長。1941年、大阪・船場で450年続く商家に生まれる。大学中退後、エジプト旅行中に現地で国際結婚。カイロ・アメリカン大学で経営学を学ぶ。在エジプト日本大使館勤務を経て、日エジプトの合弁企業の取締役に就任。89年、一時帰国し日本貿易振興機構(JETRO)の海外製品開拓プログラムに参加。95年、エジプトの大手タイルメーカーとの合弁で、同社の製品を輸入販売するセラミカ・クレオパトラ・ジャパンを設立。98年より現職。エジプト在住。

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