森林保護を考える上で気になる3人
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現在、私はラジオ局でサブキャスターを務めながら、上智大学大学院で地球環境学を学んでいる。そんな私が、森林保護を考える上で気になる3人の方を紹介したい。みなさんユニークな活動をされているので、これからの森との関わり方を考える上で何かの参考になれば幸いである。
「木育」で豊かな心を育てる:蒲生美智代さん
まず1人目は、NPO法人チルドリン代表の蒲生美智代さん。8年前にチルドリンを立ち上げ、イベントを通して、地域のママたちが協力して子育てをするコミュニティーづくりの活動を全国的に広げている。私が注目するのは、彼女が子育てイベントに「木育(もくいく)」を採り入れているからだ。木育とは耳慣れない言葉だが、木や森に触れ合うことで豊かな心を育てるという思いが込められている。
彼女が木育を知るきっかけになったのは、チルドリンの評判を聞きつけた林野庁からの、木育を普及するために一緒に何かできないかという問い合わせだった。木や森に関してそれほど関心が高いわけではなかったが、それをきっかけにして実際に森を見に行ったり、森林保護にとって何が必要なのかを大学に行って専門家に聞いたりした。森と深く関わるうちに、海外から安価に入る木材との競争に敗れ、日本の林業が壊滅的な打撃を受けて森の荒廃が進んでいる現実を目の当たりにするようになった。危機感を抱いた蒲生さんは、子どもたちに木の良さを知ってもらうことが大切だと痛感した。
都市部に暮らすママや子どもたちに、森や木と触れ合う時間はほとんどない。こうした人たちに森や木について少しでも学んでもらおうとチルドリンが開催しているイベントに「ママまつり」がある。大型ショッピングセンターのイベントスペースなどで週末に開催されることが多い。私も一度参加してみた。
その日は、20人の親子が、国産の間伐材でつくった手のひらサイズの「木のお家」に木の実や小枝でデコレーションをしたり、LEDソーラーライトのランタンを作ったりしていた。会場には奈良県産吉野杉で作られたフローリングが敷かれている。杉の優しい手触りと甘い香りが心地よい。ぐずる乳児たちをフローリングに寝かせると、泣きやんでそのまま眠りこけてしまうことがよくあるそうだ。子どもたちは床に散らばる木材に頰ずりをしながら「いい匂いー!」とご満悦の様子。中には、木材をかんだりなめたりする幼児たちもいる。塗料は一切使われていない間伐材だから、親も子どもたちの好きなように木と触れ合わせている。その横で、木でおもちゃの家を作るという課題に親子が取り組んでいる。子どもたちよりもママたちの方が目を輝かせて熱心に取り組んでいたのが印象的だった。
「子どもが小さかった頃、起業したばかりで帰宅時間の遅かった私の子育てを手伝ってくれたのは、近くに住む知人や友人でした」と蒲生さんは言う。「彼らのおかげで会社が軌道に乗り、子どもたちも問題なく育ってくれました。子育てを終えたのを機に、地域社会に恩返しをしたいと思い、チルドリンを設立しました。子育てのコミュニティーをつくる上で、木育を一つの核にすえたことが活動全体に大きな広がりをもたらしてくれました」
チルドリンは、木育をさらに広げるため専門知識を習得した「認定フォレストママ制度」を設けている。現在、全国で約400人の「フォレストママ」が木育に取り組んでいるそうだ。
心の傷を癒やす森:C.W.ニコルさん
2人目は、「森は人に癒やしと希望を与えてくれる」を信念に、東日本大震災の被災地で活動を続けるC.W.ニコルさん。津波で壊滅的な被害に遭った宮城県東松島市で、地域の自然を生かして森の中に学校を創るプロジェクトを進めている。ニコルさんたちは、この「森の学校」を通じて森や池、田んぼを活用した授業を子供たちに提供している。
東松島市では、2011年の震災により1000人以上の方が亡くなり、14校あった学校も6校が水没し、校舎を高台に再建する工事が進められた。「森の学校」のきっかけは、心の傷を癒やすため東松島市の子供たちを「アファンの森」に招待したことだ。アファンの森とは、彼が暮らす長野県黒姫の森のこと。アファンとはケルトの言葉で「風の通るところ」という意味で、ニコルさんは仲間とともに28年かけてこの森をよみがえらせた。
アファンの森では、心や体に傷を負った子供たちが命あふれる森で思いっきり遊ぶプログラムを実施してきた。ニコルさんは「全ての生きものは、バランスを保ちつつ“生命の環”で結ばれている。森を訪れた彼らがそうしたつながりの中で『森は生きている』、『森と私たちはつながっている』と感じ取るのを見て、黒姫以外でも森を通して傷ついた心身を癒やすお手伝いができるのを実感した」と語る。
そして、「『被災地から、日本の希望をつくる』。そんな思いで、東松島市の方々との活動を続けています。やがて森の学校で学んだ子どもたちの夢がかない、被災地から日本の希望が生まれてくるように期待したい」と話してくれた。こうしたニコルさんの取り組みは、海外でも注目されており、中国や韓国などアジア諸国から学校関係者が視察に訪れることも多い。
国産材でアロマを調合:三津家規瑛さん
3人目は、岐阜県飛騨高山市の山奥で国産材を使ってアロマを精製している三津家規瑛(みつか・のりえ)さんだ。三津家さんには、“絶対嗅覚”という特技がある。
絶対嗅覚とは何か。人間は、およそ400種の受容体を通して、その受容体が反応する組み合わせにより約1万種の香りを判別できるという。絶対音感がある人はその和音がどんな音で構成されているのかを聴き分けることができ、きれいな音の組み合わせが作れる。それと同じように、香りに敏感に反応して、より良い香りを組み合わせることができるのだ。
クロモジやニオイコブシといった飛騨高山産の樹木から抽出されたアロマをブレンドする際、香りの良さを最も引き出す調合率を導き出だすのは三津家さんの嗅覚に委ねられている。彼女が調合したアロマの評判は高く、2016年に開催されたG7伊勢志摩サミットでオバマ米大統領(当時)など各国首脳に贈呈品として配られた。
日本国内でさまざまなアロマが販売されているが、その多くは熱帯植物から精製され、海外で製造されたものだ。国産材を使って精製されたアロマは近年少しずつ増えているものの、まだそれほど多くは出回っていない。三津家さんは、「アロマを抽出する木材や枝葉は従来捨てられていた部分を活用しています」と言う。「国内には素晴らしい森林資源がたくさんあるのに、商業ベースではほとんど生かされていないのが残念です。化学合成した香料があふれる中、国産アロマを使った化粧品や雑貨を日常生活に取り入れていくことで、本物の自然に触れ、心身共に健康になれるような取り組みができると期待しています。また、抽出した後の残渣(ざんし)は、栄養価の高いカブトムシの餌になるのも体験的に分かっており、本当に余すことなく活用できます」
バナー写真:チルドリンのイベント「ママまつり」でソーラーライトのランタンを作る親子(竹田有里さん撮影)