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台湾で根を下ろした日本人シリーズ:市井の食の伝道師——料理人・MASA(山下勝)

馬場 克樹【Profile】

[2018.05.20]

山下勝

山下勝YAMASHITA Masaru幼少期から家で絵を描いたり、粘土細工をしたり、モノを作ることが好きだった。中学生で漫画『包丁人味平』に夢中となり、料理人の兄の背中を見て、高校時代には自らも料理人になろうと決意。神奈川のレストランでの下積みを経て20歳でカナダに渡り、異なる価値観が共存する多文化社会で10年ほどもまれた。この経験が山下を人として熟成させ、後に台湾で料理人MASAとして花を咲かせる基礎となった。これまでに10冊の料理本を出版し、日本料理店のアドバイザーや料理教室の開催、ウェブメディア「MASAの料理ABC」の運営を通じて、台湾で「MASA」ブランドを確立し、「日本人イケメンシェフ」の地位を不動のものにしている。

高校時代、ほとんどの同級生が将来の目標を定められないまま、とりあえずの進学を目指す中で、早々と料理人として生きていくことを決意した山下には迷いが無かった。アルバイトはレストランの厨房(ちゅうぼう)でのキッチンヘルパー、原語で書かれたフランス料理のレシピ本を読みたい一心から、独学で料理に関するフランス料理用語も片言ではあるが習得した。高校を卒業すると、調理師免許の取得が可能な専門学校にはあえて通わず、小さなレストランの厨房に入り、シェフのそばで技を直接“盗む”道を選んだ。日本での料理修行も3、4年たつと、今度はにわかに外国への興味が湧いてきた。

「フランス料理を学んでいましたが、将来のビジネスにつながることを考えるなら、まずは英語ではないかと直感したのです。ちょうどワーキングホリデーの制度が日本でも始まったばかりだったこともあり、米語圏のカナダに的を絞り、気候にも恵まれた西海岸のバンクーバーに渡ることにしました」

バンクーバーでは、昼は語学学校やビジネススクールに通いながら、夜はレストランで厨房スタッフとして勤務に明け暮れた。2年ほどたった頃、その仕事ぶりを買われ、知人からあるレストランの経営を店長として任されることとなった。ところが、もともと自分に厳しかったという山下は、店のスタッフにも同じように厳しく接した。この頃は若くてとがっていたことに加え、日本人料理人としての意地もあり、異国にありながら日本式のやり方を貫こうとしていたと、山下は当時を振り返る。店の経営自体は安定させたものの、こうした彼の姿勢はさまざまなあつれきを生み、時にはスタッフとの対立を招くこともあった。異文化の中に身を置き、自分の生き方を模索していた時代だった。

カナダから台湾へ移り、台湾で最も知られた日本人の一人になる

カナダに移住してから10年ほどが過ぎた頃、転機が訪れる。ある日、知人から台湾の日本料理店でアドバイザーをやってみないかという話が舞い込んで来た。新たなチャレンジの機会にすぐに心は固まった。この仕事を引き受けた当初は、バンクーバーと台北を往復する生活だったが、やがて台湾にじっくりと腰を落ち着けることを決意した。2008年のことだった。台湾で暮らすようになってから、自分の心の裏に大きな変化があったことに気付く。

MASA(提供:日日幸福出版社)

「料理を志した頃の原点に立ち返ろうという自分がいたのです。自分の知識や経験をただ押し付けるのではなく、一緒に働くスタッフと同じ目線で、とにかく楽しくやろうという気持ちでした。他者に寛容な台湾という土地柄が、そのように自分を導いてくれたのかもしれません」

日本料理店の仕事は夜だけだった。自(おの)ずと昼間の時間をレシピの研究、料理写真の撮影や整理、ブログの執筆などに充てるようになっていった。そして自身の名前の一部であり、カナダ時代からのニックネームであった「MASA」をセルフブランドとし、「MASAの料理ABC」をまずはブログから立ち上げた。最初は文字媒体が主体だったが、時代とともに写真、映像へとその主体が移っていった。これに伴い、自身の料理を発表する場も、ブログ、Facebook、YouTubeと多様化していき、テレビ番組やコマーシャルの出演依頼も増えていった。

時代を先取りしたウェブメディア「MASAの料理ABC」は、現在Facebookのフォロワーが76万人、ほぼ毎週レシピを発表しているYouTubeの閲覧数も15万人を超え、山下は「日本人イケメンシェフMASA」として、台湾で最も広く知られる日本人の一人となった。

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  • [2018.05.20]

シンガーソングライター。1963年仙台市生まれ。国際交流基金日中交流センター事務局次長、財団法人交流協会台北事務所文化室長を歴任。退職後、2013年台湾で蒲公英音楽交流有限公司を設立。「八得力(Battery)」でボーカルとギターを担当。ソングライターや俳優としても活動する。代表曲には映画『光にふれる(原題:逆光飛翔)』の主題歌で、台湾金曲奨最優秀女性ボーカリストの蔡健雅(タニア・チュア)が歌った「很靠近海(海のそばで)」がある。プロフィール写真撮影=Jonny Wei

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