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誤解?メイド特区に見る不幸な一例

舛友 雄大【Profile】

[2018.07.10]

2015年の法改正で実現した家事支援外国人の受け入れ制度だが、その現場では早くも混乱が見られる。顧客のクレームで一方的に解雇されたあるフィリピン人メイドは「日本語の資格など1年以上かかったのに解雇が簡単すぎる」と訴える。

大好きな日本、そこに待っていたものは

2017年6月、家事支援人材として来日することになったその中年のフィリピン人女性は東京行きの飛行機の中で感激の涙を浮かべていた。アイドルグループSMAPの歌やアニメ映画「君の名は。」のファンで、到着時は「空港の床にキスしたいような気分」だったほどだ。まさかそのわずか4カ月後、理不尽な形で解雇され、途方に暮れることになるとは想像だにしなかった。

マニラ中心部の喫茶店で取材に応じてくれたキービーさん(仮名、37)は、フィリピン人らしい快活さと明るさを兼ね備えていた。彼女は帰国後マニラ近郊に住み、女手一つで15歳の娘と3歳の息子を育てている。突然の解雇がいかに人生設計を狂わせたかは想像に難くない。あいさつを終え、東京での出稼ぎ生活がどのように終わったのか説明を求めると、それまでの明るい表情が一転して彼女の顔色が曇った。

取材に応じたキービーさん(仮名)の後ろ姿

2017年10月13日金曜日、彼女は東京都港区麻布の顧客宅をいつものように清掃していた。その日は、居間のテーブル上にこれまで見たことがない箱が置かれていた。「子供がぜんそくなので全てきれいにしてもらいたい」との要望を思い出し、箱を開けておもちゃや子供用の財布を整理していった。また、いつものように自分の携帯電話で時折時刻をチェックしながら作業を進めた。会社は正当な範囲での携帯使用を容認していた。

その後、事態は急展開する。当日夜、キービーさんが仕事を終え自宅アパートに戻った後、所属する日本の家事代行サービス会社(以後「A社」)のスタッフが訪ねてきた。顧客からクレームがあった、と告げられた。顧客宅の監視カメラに映るキービーさんが業務中に不自然な様子を見せていた、と言うのだ。

キービーさんの説明によると、顧客は彼女が子供用の箱を触ったことや「携帯で自宅の内部を撮影しているように見えた」のが不満だったようだ。

翌週の金曜日、キービーさんは会社に呼ばれ、突然解雇を告げられた。会社側は「利用者からクレームがあったから」と説明したそうだ。彼女は写真を撮っていなかったし、財布についても、中身を見て貴重品だと気付きすぐに閉じただけであり、せいぜい怒られるかペナルティーを受けるくらいだろうと予想していたので、不当とも思える処分を聞き、その場で泣き崩れた。そのわずか3日後、A社はキービーさんに帰国用の航空券を渡した。

会社から手渡された解雇通知書には、会社の指示に反して業務中に携帯電話を使い、それが家内部の写真を撮っているように「疑われた」との説明があった。そして、こうした行為が就業規則の「会社の内外で犯罪行為をした場合」など3つの項目に抵触する、と続いていた。

突然の解雇、正当性疑問視する指摘も

外国人労働者問題に詳しい尾家康介弁護士は、この通告の正当性を疑問視する。「彼女の行為が罰則規定に該当するのか、また該当したとしてもいきなり解雇できるのか。どちらも問題になり得る」と話す。確かに、携帯の使用がいきなり犯罪に当たるとは考えにくい。

A社は筆者の取材に対し、「今回の携帯電話の使用は業務上必要な範囲での正当な理由に基づく使用と言えるものではなかった」と述べ、処分は「携帯電話の使用のみを原因とするものではありません」と回答した。だが、個人情報の保護を理由に、処分に至った経緯や具体的原因の開示は拒否した。

別のA社関係者によると、会社側はすでに東京都や関係省庁などで構成する第三者管理協議会(以下、協議会)に対してキービーさんの解雇処分に関する報告を提出済みだ。しかし、この報告にも何が具体的に「犯罪」に該当するのかは明示されていない。「携帯電話」や「子供の財布」についての記載があるのみだ。協議会はこのトラブルに対して特にアクションは起こしていない。協議会関係者は「客の評判が全ての業界でしょうから」とA社側の立場をおもんぱかった。

今回のキービーさん解雇は、女性の活躍を掲げる安倍内閣が肝いりの国家戦略特区で実現した家事支援外国人受入制度の下で発生した事案だ。2015年9月の改正国家戦略特区法施行を経て、家事代行サービス会社などが「家事支援活動」に就く外国人の家事支援人材を最長3年の有期で雇用し、特区内でサービスを提供する。事業者の認可や監督は協議会が行うことになっている。施行後、東京都や神奈川県、大阪府で受け入れが進んでおり、これまでに100人以上のフィリピン人が来日した。

家事支援者、いわゆるメイドを巡っては、住み込み式が認められている香港、シンガポールや中東では、家庭という密室空間における虐待や過重労働といった人権侵害が頻発し、大きな社会問題となっている。一方、日本の特区は請負契約の形をとっている。利用者宅への住み込みが認められていないのだ。また、日本人と同等以上の賃金が制度上保証されることから、「(日本における)人権保護は手厚いと感じている」(東京都の国家戦略特区担当者)とされる。昨年の解禁時には、「日本の家事に助っ人」(読売新聞)といった楽観的な見出しも紙面に躍った。

だが、キービーさんの例は日本の制度にも弱点があることを端的に示している。

まず、訪日した家事支援人材は、日本国内で転職が事実上不可能な現状で、会社に対して従属的な立場にある。技能実習生制度と似た構図で、今回のキービーさんのケースのような人権侵害が発生しやすい。

救済システムに実効性がないことも問題だ。外国人の雇用に際して、受け入れ企業に対して苦情・相談窓口の周知を義務付けており、一般的には連絡先が記されたステッカーが被雇用者に配布される。しかし、A社は入社後の研修中にステッカーを配布したと言うが、キービーさんはこのステッカーを覚えていなかったし、突然の解雇だったため相談することなど考え付かなかった。少なくとも窓口に関する周知が十分ではないのは事実だ。

国士舘大の鈴木江理子教授(移民政策)が指摘するように、キービーさんが弱い立場にあることを考慮して、協議会はこのケースを把握した段階で、本人からの聞き取り調査をするなど積極的に事態把握に動くべきだった。

また、会社側の雇用コスト・外国人の給与もこれから大きな焦点になってくると予想される。日本の家事代行サービス会社からすると、日本式家事を教え込むことを含む外国人材のトレーニング費用のコストは少なくなく、メイド一人当たり「数十万円以上かかっている(前出の特区担当者)」との見方もあるほどだ。そのため、一部の事業者は政府・自治体による助成金を求めている。

その一方、外国人の実質賃金はそれほど高くない。キービーさんのケースでは、賃金は月額16万円ほどだが、住居費などが天引きされ、手取りわずか約8万円だった。今後、日本でメイド職の給与水準が横ばいまたは減少し、フィリピンや他の第三国で増加すると想定すると、フィリピン人メイドが日本へ行くインセンティブが下がってくることも考えられる。中国でフィリピン人メイドの受け入れが間もなく解禁されるとの報道があり、ゆくゆくはアジアにおける家事代行人材の需給関係が変わってくるかもしれない。

鈴木教授はまた、技能実習制度が「国際貢献」という当初の目的からずれていったように、今回の制度が形骸化していく危険性を指摘する。家事支援活動の業務範囲は政令で定められているだけで、気付いたら保育や介護といった領域にまで拡大されていたということにもなりかねない。受け入れ企業からすると、家事手伝いだけではなかなかペイしない中、せっかく家庭に入るのだから業務を保育や介護まで増やし、サービス単価を上げたいという思惑がある。

1年以上の努力が水の泡

重要かつ深刻な課題や懸念が放置されている中、すでに多くのフィリピン人が今回の制度を利用して来日している。国は特区での受け入れが成功すれば、全国に広げる姿勢を見せており、実際に兵庫県でも解禁に向けた動きが進んでいる。2012年度に980億円だった家事労働の市場規模は、将来6倍以上に膨らむという試算もある。さらなる増加が予想される外国人メイドの権利を保護するためには、日本も国際労働機関(ILO)の家事労働者条約(189号条約)の批准を積極的に検討すべきだ。家庭という私的空間で働くため、家事労働者は各国の労働関連法の適用外となる傾向があった。この条約は家事労働者の国際労働基準を定めたという点で画期的であり、今回のケースのような移住家事労働者を対象に含めている。

特区制度についてどのように思うか聞いてみると、キービーさんからこのような返事が返ってきた。

「他の国ではそんな必要はないのに、日本で働くために日本語の検定や家事労働者の国家資格を取った。それに、応募者500人から2人に絞り込まれるまで何度も面接をパスしなければならなかった。全部で1年以上の時間がかかった。(このような)努力に比べて解雇が簡単すぎて、バランスが取れていない」。

金銭的に余裕のある日本人家庭の家事負担を減らすために、フィリピン人メイドに特別な努力を強い、挙句の果てにあまりに簡単に切り捨てる。そのような制度が無秩序に広まっていくことをわれわれは傍観し続けるのだろうか。

バナー写真:外国人メイドの供給国フィリピンの首都マニラ
写真撮影:筆者

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  • [2018.07.10]

ジャーナリスト。1985年福岡県生まれ。カリフォルニア大学で国際関係修士号を取得後、中国の財新メディアに入社。シンガポール国立大研究員(2014~16年)を経て、現在は日本、中華圏、東南アジアについて執筆中。

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