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ふるさとはどこですか?——テレサ・テンと福島県三島町

平野 久美子【Profile】

[2018.08.04]

ふるさとは遠きにありて・・・

小学生の頃、夏休みを前にした友達が「田舎に帰って遊ぶんだ!」とうれしそうに話すのを聞いて、とてもうらやましかった。なぜなら両親も東京生まれの私には、帰省する田舎がない。数十年にわたり生まれた土地(東京都世田谷区)で生活をしていたため、“故郷に錦を飾る”ということわざにも望郷の念を歌った演歌にも共鳴することはなく、私はふるさと意識の薄い人生を送ってきた。

ふるさとについて考え始めたのは、1995年に亡くなった台湾生まれの歌手鄧麗君(テレサ・テン)の評伝を書いたことがきっかけかもしれない。

彼女は、中国大陸から渡ってきた両親のもと、1953年に台湾で生まれた。父親は中国河北省、母親は山東省の出身だ。国共内戦に敗れて台湾へ逃れてきた中国人、いわゆる外省人は、いわばふるさとの喪失者である。イデオロギーの対立から帰りたくても帰れない。従って望郷の念はますます強くなる。テレサは、自分が生まれ育った台湾と両親から聞かされる父祖の国との、二つのアイデンティティーの間で葛藤しながら人生を送ることになった。

「ふるさとは、遠きにありて想うもの」という言葉がある。「そして悲しくうたふもの」と続くこの詩は、室生犀星が1918年に発表した『叙情小曲集』に掲載されている冒頭詩の一節だ。故郷への、複雑な愛憎ない交ぜの気持ちを表現している犀星の詩をもしテレサ・テンが知っていたら・・・自分の生い立ちを重ねて、台湾でも中国でもつぶやいたように思う。

歌姫の複雑な出自を知ってか知らずか、町民総出で心のふるさとを提供しようとした小さな町が福島県にある。日本にデビューしてから3年後の1977年、新曲『ふるさとはどこですか』のキャンペーンのために彼女が訪れた奥会津の大沼郡三島町である。24歳のテレサは住民たちとも積極的に交流し、根雪の残る美しい里山の風景や町の人の素朴な人柄に魅了された。

町民証にサインしているテレサ(福島県三島町役場提供)

それから41年がたった。テレサが亡くなってから23年目の春に、地元の「福島民報」が、“歌姫の慕情 世界発信”という見出しの記事を4月27日付の朝刊に載せた。三島町民が共有するテレサ・テンの思い出と彼女の変わらぬ知名度を生かして、台湾や中国をはじめとするアジアの観光客のために、“ふるさとルート”やテレサ・テンの来訪記念館を計画しているという。来町時にテレサが泊まった旅館の部屋も記念植樹したシラカバもまだ残っているそうだから、この構想が実現すればファンにとって新たな聖地になるだろうし、何よりも内外の観光客が増え、交流の輪が広がるだろう。

この記事を読んだ私は、テレサ・テンが魅了された三島町を訪れてみたいと思った。

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  • [2018.08.04]

ノンフィクション作家。出版社勤務を経て文筆活動開始。アジアンティー愛好家。2000年、『淡淡有情』で小学館ノンフィクション大賞受賞。アジア各国から題材を選ぶと共に、台湾の日本統治時代についても関心が高い。著書に『テレサ・テンが見た夢 華人歌星伝説』(筑摩書房)、『中国茶 風雅の裏側』(文春新書)、『トオサンの桜・散りゆく台湾の中の日本』(小学館)、『水の奇跡を呼んだ男』(産経新聞出版、農業農村工学会著作賞)など。

website:http://www.hilanokumiko.jp/

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