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日本人と友達になるのは難しい?
地元のマラソン大会に参加したら85歳の友人ができた話

和平 森林【Profile】

[2018.07.19]

日本暮らし18年目、それでも日本人との意思疎通の難しさに戸惑う中国人の筆者が体験した地元コミュニティでの一幕。85歳のランナーとの交流に「温かい気持ちがあふれた」という。

私の日本暮らしは今年で18年目に入る。時の流れは早く、気が付けば不惑の年を日本で迎えている。日本で暮らすと時の流れを忘れることが多い。管理が行き届いた日本社会で繰り返す日々は、快適で、あまりストレスは感じない。日本人の生活リズムは効率化・簡略化が求められ、仕事とプライベートがきっちり分けられている。週末になると、独身の人は自分の趣味に興じ、既婚者は家族とレジャーに出かけることが多い。日本語で「家族サービス」というらしい。

私の周りには日本在住10年以上の友人が多く、顔を合わせれば話題に上るのは「どうしたら日本人と仲良くなれるか」である。結論はいつも同じ、「日本人と友達になるのは難しい」とみんな口をそろえる。「日本人の感情表現はあいまいで、本音と建前を使い分けている」というのが共感ポイントである。十分な日本語の能力と背景知識を持たないわれわれ外国人にとって、日本人の真意を見極めるのは簡単でない。これは友人関係に限った話ではなく、ビジネスの席でも同じである。非常に良い雰囲気の中で商談が進み、これでまとまったと思っても、帰り道で同僚に「望みなし」と言われ愕然(がくぜん)とすることもある。

私のように日本に定住し、小学生の子供を持つ外国人にとって、いかにして、スムーズに地元のコミュニティに溶け込むかが課題である。一方、地元コミュニティとはいったい何なのだろう、と戸惑う場合もある。決まった定義などないのかもしれない。いまの私にできるのは、なるべく地元のイベントに顔を出すことである。

そして今年も、地区で行われる「マラソン大会」に参加することになった。マラソンといってもたった3000メートル、公園を4周半の距離である。小学生から参加でき、小学生の部と一般の部で行われ、年齢層ごとに上位者が表彰される。主催はメンバーの平均年齢が72歳という地元の陸上競技協会。他団体と兼任している人も多い。他人のために自分の時間を犠牲にし、地域のために汗水を流す親切なお年寄りの集まりである。彼らの呼び掛けの下、地域の文化系サークル、企業、スーパーマーケット、クリニックなどが、寄付やボランティアなどの形で大会の運営に協力した。

私は去年選手として出場したのだが、今年はなぜか外国人の私に「後尾」という任務が割り当てられた。最後尾を走る参加者の伴走のことである。去年「後尾」を担当した60代のボランティアからの依頼で、引き受けざるを得なかった。岡崎さん(仮名)といい、息子の所属するボーイスカウトの指導をしてくださっている方だ。あまり付き合いはなかったが、いろいろ考えて引き受けることにした。

競技開始前のウオームアップ中

スタート2時間前。会場である公園に着くと、岡崎さんが少し離れたところから駆け寄ってきた。何度も頭を下げ、「自分はもう年だから和平さんが引き受けてくれて本当によかった」と礼を言われた。岡崎さんは以前の「後尾」の経験から、決して最後の一人を見失ってはいけない、しかし最後の一人になるのはたいていお年寄りで、走りも遅いから気負わなくてよいと言ってくれた。

小学生の部は、たった1500メートルを100人以上の子どもたちが駆け抜けるレースだからか、10分足らずで終わってしまった。あっという間に一般の部が始まる。選手は60人ほど。胸と背中に「後尾」のゼッケンをつけた私は一番後ろにスタンバイした。すると、おじいさんが一人近づいてきて、深々と頭を下げ、「よろしくお願いします」と言った。この人と今日一緒に走ることになると直感した。

スタートのピストルが鳴る。コース両脇からは応援の声が飛び、小学生60人ほどからなる応援団が一列に並んで旗を振る。

地元のグループも太鼓を打ち鳴らし応援

案の定、さっきのゼッケンをつけた男性は非常にゆっくりとしたペースで歩を進め、一位の選手がゴールした時点でようやく1周半を走りきったぐらい。15分ほど経つと、トラックには彼と私だけになってしまった。その足取りを後ろから眺めていると、いくつも疑問が湧いてくる。

こんな年齢でなぜ出場しようと思ったのだろう。お子さんたちは心配しなかったのだろうか。家族は付き添わないのだろうか。

20分が過ぎたころ、周りから「ラスト一周、頑張ってください!」と声が飛んだ。走り終えた若い選手が観客の列に加わり、観客は減るどころかむしろ増えてきた。応援の太鼓が打ち鳴らされ、小学生の応援団も強い日差しのなか声援を送る。気づけば、たった一人のランナーの周りに「がんばれ」の声がこだましていた。

「水を飲みますか」と聞くと、おじいさんは無言で手を振った。顔つきから、このレースにどれだけ真剣に取り組んでいるかが分かった。彼は時間と、そして自分と戦っているのだ。私の中にあったいくつもの疑問が解消した気がして、晴れ晴れとした、温かい気持ちが心にあふれた。

最後の一周。おじいさんも私もへとへとである。タイムなんてどうでもよかった。このお年寄りが無事にゴールできるか、皆が固唾(かたず)を飲んで見守っている。私は何度も、「もうすぐゴールです、焦らず、リラックスして、ゆっくり息をしてください」と声を掛けた。おじいさんは歓声を浴びながらとうとうゴールした。タイムは32分。

ゴールに入る瞬間

休憩所に戻ると、何人もの実行委員から声を掛けられた。あのランナーが私に会いたがっているというのである。

改めて顔を合わせて話を聞くと、なんと彼は御年85歳であった。さらに驚いたことに、数日前に脚の手術をしたばかりだという。痛みに耐えながら、走り抜いたのだ。

私は両手をきつく握られた。彼の目には涙が光っていた。

「来年も会いましょうね。またお供させてください」と私。

「そうだな。私に変わりがなければ」

おじいさんは笑った。

彼は大会特別賞を授与され、花束を贈呈された。

表彰台に立つその姿を見ながら、岡崎さんが「来年も『後尾』を引き受けてくれませんか」と遠慮がちに頼んできた。

「もちろんですよ!」と私。

その返事に安心した岡崎さんが顔をほころばせると、こちらも何だかうれしくなった。

人生観だとか、ものの感じ方には、中国と日本でそんなに大差はないのではなかろうか。心と心のつながりに言葉はいらない。大事なのは、きっかけと勇気だ。

私の経験が、日本社会を理解する上で読者の皆さんの助けになったらうれしい。

バナー写真:85歳の高齢ランナーに声援を送る小学生たち

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  • [2018.07.19]

2000年に留学生として来日,2009年法学博士取得,現在は日本の研究所で環境関連の研究に取り組む。趣味はサッカー、マリンスポーツ。大の映画好き。自然への敬意を忘れず、常にへき地・片田舎に惹かれる。

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