サッカーW杯に見る日台の文化

文化

予想に反した日本代表の健闘

4年に一度のサッカーワールドカップ(W杯)。ひと月におよぶサッカーの祭典が終わって日常の生活が戻ってきた。日本代表は大方の予想に反して(?)決勝トーナメントに進出。多くの日本人がその活躍を「よく頑張った」と評価して気分よく大会を終えた。

確かに今回、日本の選手たちの頑張りは称賛に値するものだった。

ただ、思い返してほしい。大会の開幕が直前に迫ってもスポーツバーの予約は空席だらけで「これほど盛り上がらない大会は過去になかった」と散々叩かれていたことを。さらには「日本の代わりに(予選落ちした)イタリアに出てほしかった」なんて声さえ聞かれたことを。

それを引き起こしたのは日本サッカー協会の一連の不可解な行動だ。大会ふた月前になって突然の監督更迭と技術委員長の新監督就任という人事。「全てはスポンサーに対する忖度(そんたく)だ」と陰謀説までささやかれる中で、本番直前に行った2試合のテストマッチでも低パフォーマンス。サポーターの怒りは最高点に達した。そして、少なからぬ人が日本代表の一次リーグ3戦全敗を予想していた。

これらは全て、ついこの間の話だ。

しかし、初戦のコロンビア戦で開始早々に運よくPKを獲得、相手選手にレッドカード。1人少なくなった相手に勝利すると、一夜にして日本代表に対する評価が変わった。これを機にメディアは勝てば官軍で、火にまきをくべるがごとく連日報道を続け、国を挙げてのお祭り騒ぎとなっていったのだ。

台湾人にとってのW杯とはドーナツショップに並ぶようなもの

大会開始前に、台湾でサッカー解説の第一人者として知られる石明謹さんと話す機会があった。彼とは優勝国の予想をするのも楽しいが、それよりも台湾の人たちがW杯をどのように見ているのかについて聞いてみたいと思った。すると、

「ドーナツショップの行列に並ぶようなものです」

石さんの話によると、W杯期間中、確かに台湾はサッカーの話題で盛り上がる。でも、それは台湾人がサッカーを見たいわけではなく、何か楽しそうなことをやっているから、とりあえずそれに乗ろうという感覚らしい。

「それで、みんなそれぞれに応援する国があるのです。ブラジルだったり、スペインだったり。アジア予選では台湾のことを応援しない、台湾人がですよ」

半ばあきれ気味に笑いながら石さんは、その理由について次のように続けている。

「台湾人は負けることが極度に嫌いで、だから勝てそうなところを選んで応援する。そうなると、台湾は応援できない。正確にいうと、台湾を応援したいと思っても負けるのは許せない」自分が負けたような気になるのが耐えられないということらしい。

こうした国民性を生み出す背景には、子どもの頃の環境にあると石さんは言う。台湾では、子どもは勉強第一で、運動なんてやらなくてもいいと考える親が多数を占める。お金をもうけて成功することが一番。そのためには決して負けてはいけない。だから意識するところは勝ち負けだけということになり、自分が勝って満足することしか興味がない。こんな環境では純粋にスポーツを楽しむ素地は生まれないと言うのだ。

「子どもにサッカーをやらせたいので、親子で台湾のトップリーグの試合を見に行った友人がいます。結果どうなったか。(環境の悪さに)子どもは二度とサッカーを見たくないと言ったそうです」

石明謹氏(右)と筆者(筆者提供)

これを聞いたとき、僕はふと数年前に今井敏明さんを取材したときのことを思い出した。今井さんはFC東京の前身である東京ガスや川崎フロンターレの監督を歴任した後、台湾代表の監督も務めたことがある。その今井さんに台湾サッカーの印象を尋ねたところ、こんなことを言っていたのを覚えている。

「とにかくプレー環境のひどさにびっくりしました。トップリーグの試合会場が河川敷の草サッカー場なのです。ディフェンスが大きくクリアすると、ボールがそのまま川に落ちてしまったりして」

これでは見ていても楽しくない。子どもに夢を与えるなんて夢のまた夢である。

日本人とってのW杯とは「がんばれ!ニッポン!」のお祭り

台湾人にとってのW杯がドーナツショップの行列なら、日本人にとってのW杯とは何だろうか。

それは4年に一度、サッカーが主役になる期間。みんな夜遅くまで試合を観戦し、スポーツバーでは青いユニフォームを着た大勢の人たちが熱狂する。メディアの報道もサッカー一色だ。

でも、彼らは本当にサッカーを見たいのかというと、ただ盛り上がりたいだけのように思えてならない。渋谷のスクランブル交差点でも、みんな騒いでお祭りを楽しみたいだけなのではないだろうか。中には試合を見ていない人もいる。

だから、大会前に協会が不可解な行動をしても、それがまかり通って、最後は「勝ったんだから全て良し。また4年後に会おう」となってしまう。要はみんなサッカーに対して興味がありそうで、結局のところは「がんばれ!ニッポン!」。サッカーは二の次なのだ。

もし、これが野球だったらどうだろうか。野球にはサッカーのような世界中が本気でナンバーワンを競う大会は多くないが、そんな大会が開催されたら国民の思いも全く違ったものになる気がする。協会が不可解な行動をすればファンはそれを許さないだろうし、これについてのメディアの報道ももう少し丁寧だったと思う。つまり、国民はみんな野球のことをよく知っているからだ。

これが文化だと思う。日本は台湾と比べればサッカー先進国。これは間違いないと思うが、サッカー文化が培っていないことについてはさほど差はない。文化は知らず知らずのうちに国民のDNAの中に刻み込まれていく。子どもがキャッチボールをしたり、居酒屋でプロ野球について熱く語ったり、高校野球で地元の出場校を応援したり…。これら全てが文化を形成していく。そして何代にもわたって引き継がれる。

W杯の試合会場で日本人サポーターがごみを集める姿が世界的に話題になった。恐らく他の国からすれば、観客がごみを集めるなんて信じられないことかもしれない。でも、日本人にとっては特別なことをしたという認識はない。「自分の出したゴミは自分で片付ける」。子どもの頃から家でも学校でも普通に言われてきたことだからだ。でも文化だと思う。

台湾でもW杯の期間中、連日明け方まで熱気に満ちた場所があった。サッカーくじを売る店だ。狭い店内には20人を超える人たちが丸椅子に座って大画面に映し出される試合を見ていた。夜中だというのに、みんな眠そうな気配はない。この日行われていたのはスイス対セルビア戦。夜明けにスイスが勝ち越しゴールを奪った瞬間、表通りまで聞こえる大歓声が沸いた。

でも、みんなサッカーを見ているわけではない。サッカーに対する愛もないし、それどころかサッカーのこともよく分かっていない。一方でギャンブルのルールに対するのみ込みは驚くほど早い。そして勝負どころで大金を賭ける時の緊張と興奮が醸し出す熱気はこちらまでひしひしと伝わってくる。これも文化だと思った。

2018年度、日本サッカー協会の収益は70%が日本代表絡みだという。協会としては何としても日本代表に頑張ってもらわなければ困る。このような現象は、世界中でも日本でしか見られない珍しいものだ。それを生み出しているのがサッカー文化の欠如とお祭りが大好きな日本人の気質だと思う。

W杯が終わったら、しばらくみんなサッカーは見ないだろう。多くの日本人が祭りの余韻に浸る中、僕は何とも言えない寂しさを感じた。

バナー写真= MakiEni / PIXTA

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