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Kolas Yotaka氏の「豊」は絶対に「夜鷹」ではない——氏名表記から考える多元化社会と文化

栖来 ひかり【Profile】

[2018.08.26]

わたしの名前は「ひかり」、ローマ字で“Hikari”と書く。

「光」を意味し、両親が名付けた。外国人にとっては少々呼びづらいようで、英語話者の場合は真ん中の「ka」の部分にアクセントが付き、「ke-a」という発音になる。台湾の方にとっては最初の「Hi」が呼びづらく「I-ka-ri」になることが多いので、初めて会った方には華語(中国語)読みで「光子」(グァン・ヅ,「光」一文字も呼びにくいので「子」を付けた) と呼んでください、と伝えてきた。しかしこの前、タイヤル族の方の取材で伺った際、いつものように「光子です」と名乗ったら「本当の名前の読み方を教えて」と言われ、ハッとした。

わたし自身は、それまで単に「相手が呼びやすい」という利便性のみで「光子」を名乗っていたが、タイヤル民族の方にとって、私はいかにも自分の名に無頓着な人間に映ったと思う。それは私が、これまで一度も名前や言葉を奪われたことのない「日本語を母語とする日本人」として、ぼんやりと生きてきたからに他ならない。

台湾の民主化と回復正名運動

2018年現在、台湾には約56万人、全人口の2%を占める先住民族16部族が暮らしている。台湾は元から彼ら先住民族が暮らしていた土地だが、そこに漢民族が移り住み、日本の領土となった後に、国民党と共に更に多くの人々が中国から台湾に移住した。清朝、日本統治時代、国民党政権と統治者が移り変わる中で、その時々に合わせて変更・同化を強いられてきたのが、先住民族自身の「名前」であり「言葉」だった。

1980年代には、台湾の民主化と共に先住民族の権利回復運動が本格化するが、中でも大きな流れとなったのが「土地や個人の伝統的な名前を回復する運動」(回復正名運動)だ。

その結果「姓名条例」の改正が行われ、先住民族本来の名前を選択できるようになったのが1995年。私と同年代の先住民族の方々は、自分の名前にまつわるアイデンティティーと向き合いながら、思春期を過ごしたと言っても過言ではないだろう。

台湾先住民族の文化では、儒教の影響を受けた日本人や漢民族のような「姓」という概念を持たず、「名前」+「母もしくは父の名前」+「土地や自然と関わる名称」という構成が少なくない。名前の中に、自分を生み出した土地への誇りや祖先とのつながりが刻み込まれており、それは個人のアイデンティティーそのものである。「回復正名運動」とは、先住民族の人々が自分の名前を取り戻すことで、民族の誇りとアイデンティティーをも回復する運動なのである。

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  • [2018.08.26]

台湾在住ライター。京都市立芸術大学美術学部卒。台湾人男性と結婚し、2006年より台湾在住。一児の母。日本の各媒体に台湾事情を寄稿している。著書に『在台灣尋找Y字路/台湾、Y字路さがし』(2017年、玉山社)『山口,西京都的古城之美』(2018年、幸福文化)がある。 個人ブログ:『台北歳時記

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