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今日も走る「ばんえい競馬」:世界で唯一、馬文化を乗せて

長澤 孝昭【Profile】

[2018.09.12]

北海道遺産に選定

北海道南東部に広がる十勝平野は、わが国有数の酪農地帯。小麦、ジャガイモ、豆類などを作る畑作地帯でもある。北海道開拓の労働力となったのが農耕馬の「輓曳(ばんえい)馬」だった。人間と苦労をともにし、一緒に生きる家族だった。人々は祭りの余興に馬の力試しを行った。それが1946年に重いそりを引く公営の「ばんえい競馬」に発展。現在は帯広市だけで開催されている。速さを競うサラブレッドとは全く違う馬文化が今も根付く十勝地方。次世代に引き継ぎたい「北海道の馬文化」として2004年に「北海道遺産」に選定された。

「ばんえい競馬」を走る馬は古くから主に農耕馬などに利用されてきた体重約800~1200キログラムの大型馬(重種馬、通称ばん馬という)。力持ちで性格も温厚で大人しい。400~500キログラムの軽量で足の速いサラブレッド(軽種馬)とも違う。サラブレッドよりやや小さな北海道和種の「どさんこ」とも異なる。開拓の進展で馬力のある強い馬が求められ、海外から大型馬が輸入された。

ばん馬のルーツはフランス北西部ペルシュ地方の土着馬だったペルシュロン種や、同ブルターニュ半島原産のブルトン種、さらにベルギーの地方原産種を米国で改良したベルジャン種など。現在ではこれらの混血が主流だ。ばんえい競馬のために生産されている日本独自の品種である。

“馬力”を競う農耕馬の力試し

帯広競馬場(ばんえい十勝)のコースは200メートルの直線だ。途中に2つの障害があり、第1障害は台形状の高さ1メートルの山、第2障害はそれよりきつい高さ1.6メートルの山だ。ばんえい馬は鉄そり(重量450キログラム)とその上に乗せた重りを引きながらゴールを目指す。1日に午後2時すぎから夜8時すぎまで11レース行われる。所属する頭数は568頭、登録騎手数は20人(8月31日現在)。

騎手は、鉄そりに乗り、長い手綱を巧みに操る。重りは2歳馬だと軽く、馬齢を重ねるにつれ重くなる。1トンを引くのはシーズン最後の「ばんえい記念」だけだ。第2障害を通過するまで、馬を止めて駆け引きすることもあり、ゴールはサラブレッドのような鼻先ではなく、そりの後端で決まる。こんなルールは世界のどこにもない。北海道開拓期の文化を今に伝える伝統的な催しだ。重種馬が力を入れて引く迫力は目を見張る。

正面スタンド前のエキサイティングゾーンでは間近で観客が馬とともに一緒に走り、立ち止まり、ゴールを目指すことも自由にできる。必死に坂を上る馬の姿に、気がついたら大声を上げて応援していたこともあった。速さを競うわけではない。競うのは農耕馬だった時代と同じ“馬力“であるところが面白い。

スタートし横一線で走り出す

山を越えろ!と必死に“ムチ”を入れる

「あとはゴールにひた走り」とは行かないのがこの競馬

一時は存続困難と判断も

ばんえい競馬は帯広、旭川、北見、岩見沢の4市で1953年に始まった。馬券発行による売上高は77年度に200億円を超え、バブル期の91年度には322億円、年間入場者数は84万人に上った。しかし、その後の景気後退で来場者が急減すると、逆に赤字が急拡大し、2006年度をもって旭川、北見、岩見沢の3市が撤退を表明した。

土俵際で残ったのが帯広市。いったんは存続困難と判断したものの、全国の競馬ファンなどの応援や民間企業からの支援が得られるめどがついたことなどから、07年度から帯広市単独で開催する決断をした。帯広市には六花亭など他の観光資源も少なくない。周遊ルートに競馬場を含めることもアイデアの1つだ。

米沢則寿・帯広市長は12年3月、運営ビジョンを発表し、「ばんえい競馬は、北海道開拓の歴史を今日に伝える貴重な文化遺産であり、かつ地域振興を担う重要な財産でもある。これまで多くのファンに感動と勇気を与えてくれた、世界で唯一帯広にしかないばんえい競馬を今後とも存続させていく決意を固めた」と宣言した。

ネット投票で12年度から馬券売上高増加へ

ばんえい競馬が息を吹き返したのは、楽天グループやソフトバンクグループなど民間企業が寄付金などの支援を申し入れたことなどがきっかけだった。

帯広市は単独開催になった07年度以降、各種イベント、メディアとの協力を通じたPR活動を展開。ビギナーコーナーを常設して買い方の説明をしたり、開催日に一般では入れない厩舎地区を案内するバックヤードツアーなども実施している。また、馬券を購入しない地元住民のために定期的に場内イベントを実施したり、馬と気軽に触れ合えるふれあい動物園を開園したりしている。

開催日は原則、土、日、月曜日。コースは全面ロードヒーティング加工が施され、多少の雪でも問題なくレースができる。大雨でない限り、開催される。07年6月にナイター照明を設置し、ナイター競馬を実施しているほか、自宅で馬券投票ができるインターネット投票も取り入れた。

そのかいあってか、12年度の売上高は104億円と帯広市単独開催になって初めて前年度を上回った。その後はインターネット取引が堅調で17年度には約219億円と同36.1%増加。快走している。4年連続で過去最高を更新している。

小雨が降る中でのパドック風景

競馬は走るのが仕事

「ばんえい記念」(4歳以上オープン)は年度の最強馬を決定するグランプリレース。2018年度は19年3月24日(日)に開催が予定されている。1968年から続く歴史のある一戦で、そりと重りを加えた「ばんえい重量」も全レースで最大唯一の1トンの設定だ。優勝賞金も一時300万円まで減額されたが、業績回復とともに17年度には1000万円に戻された。18年度も同額を争う。

一方で“ムチ“を使うことが動物愛護の観点から問題になりそうだが、ばんえい競馬では「使っているのはムチではなく、手綱の余った部分で馬を打っている」(徳田奈穂子広報課長)という。競馬は走るのが仕事。走ることがなくなれば、残された道は食肉提供でしかない。国の定めた競馬法では「競馬を行うことやレースの中でムチを使うことは合法化されており、動物虐待にはならない」との見方が一般的だ。

今はばん馬に農耕の仕事はない。昔は田畑を耕し、山の木を切り出し、石炭を掘り出すためにばん馬が必要だった。あのような大きな馬を使っていたという文化を遺すためのたった一つの方法がばんえい競馬なのかもしれない。

バナー写真:帯広競馬場で行われている「ばんえい競馬」=2018年4月20日(時事)

(文中写真は長澤孝昭氏撮影)

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  • [2018.09.12]

ジャーナリスト。「好奇心こそ力の源泉」をモットーに農業、途上国問題など広範なテーマに取り組んでいる。何気ないふとした興味や関心を深掘りしていくのが得意。時事通信社の経済関係各部で取材し、2012年10月からフリー。著書に『先物ビッグバン』(東洋経済新報社)など。

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