「日本人」にも「台湾人」にもなれない人々——中華民国国籍「無戸籍」者を考える

政治・外交

100年以上前から日本で生活する「外国人」の「在日華僑5世」

100年以上前に日本に渡ってきた中国人や台湾人の子孫で、中華民国国籍、中華人民共和国国籍を持ちながら、日本に定着して暮らしている人々を「在日華僑5世」と呼ぶ。日本や台湾をはじめとする東アジア諸国の国籍法は、親の国籍を継承する血統主義を採用しているため、100年にもわたって代々住み続けても、先祖の祖国の国籍のままという事態が生じる。

同郷のものが肩を寄せ合い、助け合って暮らしていた在日1世、2世の時代は、当然のことながら同じ国籍同士で結婚することが多かった。その後、日本社会に定着するにつれて日本人と結婚するケースも増えたが、1985年以前の日本は父系血統主義を採っていたため、母親が日本人の場合には日本国籍を取得することはできなかった。日本で生まれ、当たり前のように日本語を使い、中国に一度も住んだことがなくても、日本国籍ではない。国籍法に血統主義を採用した国で生じがちなひずみである。

日本国籍を持たない華僑は、日本のパスポートを取得できず、国籍のある台湾や中国のパスポートを取得しなければならない。それ自体は、さほど手続き的に難しいことではないし、一般的な日本人の感覚からすると、いつでもその人は「母国」に帰れるものと思いがちである。しかし、台湾には日本と同じような戸籍制度があり、これが深刻な問題を招くケースがあるのだ。

中華民国「無戸籍」者とは

中華民国国籍を持ち、かつ台湾・澎湖・金門・馬祖地区(一括して台湾地区と呼ぶ)に戸籍のある満14歳以上の人には、「中華民国国民身分証」が発行される。

台湾人が台湾で行政サービスを受ける場合、必ずといっていいほど、国民身分証の提示が求められる。公的サービスだけでなく、例えば、スーパーのポイントカードを作る際にも、身分証の番号が必要になることがある。一方、台湾に居住している外国籍者は、「外僑居留証」が発行され、身分証代わりとなる。

では、海外に居住する台湾人はどうすればいいのか?子ども時代を台湾で過ごし、国民身分証を取得してから出国した人であれば、何の問題も生じない。問題になるのは海外で生まれたり、14歳未満で台湾から出国したりした国外在住者である。

在日華僑5世たちは、ここに含まれる。一族で何十年にもわたって日本で暮らす在日華僑は、国籍は台湾であっても、親が台湾本国の戸籍地に帰って登記しない限り「無戸籍」となってしまうのだ。

「無戸籍」者はさまざまなサービスを受けられない

台湾国外で生まれ、中華民国国籍を取得した子どもが台湾の戸籍も取得するかどうかは、親の考えや行動にかかっている。例えば、台湾では男子に兵役の義務があるため、急な帰国はないと親が判断すれば、戸籍の取得をやめ、これを回避しようとするかもしれない。また、特に理由もなく登記していない場合もある。

台湾国外で生まれたAが20歳前であれば、数週間程度台湾に滞在すれば「身分証」を入手することができる。しかし、20歳を超えてしまうと申請要件ははるかに厳しくなり、一番早い方法として台湾に連続1年間居住し続けなければ申請すらできない。

先述のように「身分証」がない「無戸籍」者は、外国籍の人々と違って自身を証明する方法がないため短期滞在者向けのサービス、例えば銀行口座の開設、携帯電話の契約、外貨両替など、手続きが煩雑なため窓口で拒否されたり、時間がかかってしまうことが多い。

1つの国籍に2種類のパスポート

台湾国外で生まれても、親のいずれかが中華民国国民であれば、中華民国のパスポートは取得が可能だ。居住地にある台北駐〇〇経済文化代表処あるいは中華民国駐〇〇大使館などで申請できる。さらに、両親のいずれかが台湾に戸籍があり、子どもが20歳になるまでに親の戸籍地で登記すれば、子どもにも「中華民国国民身分証」が発行される。

手続きの際には、必ず、中華民国パスポートで台湾に帰国しなければならない。この時点では、まだ、戸籍がないので、パスポートとは別に「台湾地区出入国許可証」を取得して入国し、戸籍地で登記して身分証番号が付与されてから、改めて、身分証番号が記載された中華民国パスポートを申請しなければならない。

以上をまとめると、中華民国のパスポートには、(1)台湾に戸籍を有する人のもの(2)台湾に戸籍が無い人の2種類が存在する(外観は全く同じもの)。海外生まれの中華民国国民は(2)のパスポートを持ち、そこから(1)へと移行できる者もいれば、台湾に戸籍を持つ術がなく移行できない中華民国国民がいることになる。

現在、台湾は日本を含め160カ国以上の国をノービザで訪問することが可能だ。しかし、ほとんどの場合、(1)のような国民身分証の番号が記載されている中華民国パスポートに限られていて、番号の記載がない(2)の中華民国パスポート保持者は、台湾や居住国以外の第三国に観光、留学、ビジネスで渡航の際、煩雑な手続きが必要となる。

ちなみに、なぜ中国大陸出身者が中華民国国籍になるかというと、その時点の中国大陸は、「中華民国」が統治していたからで、中華人民共和国が成立した今でも、世界には中華民国国籍を有する華僑が一定数存在する(中華人民共和国成立以降に、海外に渡った人は中華民国国籍ではなく、中華人民共和国国籍となる)。彼らの中には、台湾の地で生活したことがないため、台湾の戸籍を持っていない人が多くいる。

ただ、米国などの出生地主義を採用している国では、その子ども世代以降はその国の国籍を持つ。台湾は多重国籍の所持を認めている。そのため中華民国国籍との二重所持も可能となるが、日本や韓国などの血統主義を採用している国では、中華民国国籍夫婦の子どもは、出生地の国籍は取得できず、中華民国国籍単一所持者となる。

日台ハーフは「日本国籍の単一国籍所持者」?

中華民国「無戸籍」者は、単に台湾人の親を持つ海外生まれの子女だけでない。先述の台湾に地縁・血縁のない華僑も、それに該当する場合がある。

なぜ現地の国籍を取らないのかと考える人もいるだろう。たとえば、中華民国国籍を所持する広東ルーツの4世のBがいるとする。Bの曽祖父は清朝末期に中国大陸から来日していたため、現在の中華人民共和国にBの資料はない。また、台湾とは縁もゆかりもなく、戸籍もないとなれば、日本国籍を取得する際、場合によっては各地にある華僑総会に出向き「親族関係公証書」を発行してもらう必要がある。仮に家族の誰もが日本国籍を取得していない状況で遺産相続の問題が生じた場合、これも大変な作業になってしまう。その他にも純粋に中華民国に誇りを持って国籍を放棄しない場合もあって、さまざまな事情が考えられる。

日本では国籍法の改正以降、両親の一方が日本国籍であれば、その子は日本国籍を取得できるようになった。先述のように中華民国(台湾)も日本同様に血統主義を採用しているが二重国籍を認めている。そのため日本国籍所持者と中華民国国籍所持者の間に生まれた子(日台ハーフ)は、成人するまで二重国籍を取得している可能性がある。一方で、日本は中華民国を国家承認していない。筆者が神戸の法務局に問い合わせたところ、日本側はこうした日台ハーフは、「日本国籍の単一国籍所持者」と見なしていると答えた。

日本と台湾の間には国交がない。また、血統主義に基づいた国籍法を採用し、戸籍制度もある。日台間の交流が活発化してる中、通婚も増えている。「国籍」は個人のことでもあるが、国家承認や国籍法の在り方、戸籍制度などの問題も含んでおり、これからも社会全体で考えていきたい問題だ。

バナー写真=休日、多くの人で賑わう横浜中華街、神奈川・横浜市中区、2010年06月20日(時事)

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