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皇太子さまが著したメモワール:『テムズとともに』

谷口 智彦【Profile】

[2018.10.29]

新しく日本の天皇になる徳仁親王とはどんな人物か。興味を抱く向きには絶好の書がある。親王は1983年、23歳の折に単身渡英し、それからの2年をオックスフォード大学マートン・コレッジで過ごした。当時の回想を、のち1993年、一書にまとめ出版(※1)しているからだ。

下って2006年、同書には英訳(※2)が現れた。訳出の労を取ったのは、先ごろ物故したサー・ヒュー・コータッツィ。おかげで日本語に親しまない読者も、同書から親王の人となりを知ることができる。サー・ヒューの業績として特筆に値しようが、訳出を阻もうとする宮内庁の抵抗たるや盛んなものがあったのだと、サー・ヒューから事情を聞いたことがある。

『テムズとともに』

日本語原著の刊行形態が、そもそも特異だった。横10.3cm、縦18.2cm、日本で新書版と称す判型の小品だったのはともかくとして、刊行元は親王の日本における母校・学習院だった。出版社ならざる版元には、全国で売りさばくべく既存の流通経路に乗せる手立てがなかったためか、同書は東京の大手書店数店でだけ、ひっそりと販売された。いやむしろよく売れては困るから、名の通った版元から出さなかったのではないかとすら勘繰らせる。

親王が大衆消費の対象となり、一コモディティと化しては、なるほど困る。そこを強く案ずる傾向が、宮内庁始め親王の周辺にあったであろう。まして英語になると、親王に対する親愛の情を共有せぬ故にいくらでも辛辣になり得る読者から、心無い揶揄など浴びせられないとは限らない。何事も先回りして心配するのは、宮内庁の職業的使命である。彼らがなぜサー・ヒューに非協力的だったか、事情の大方は、想像がつこうというものだ。

皇室・王室のように伝統のみに由来し、民主主義と無縁の存在は、モダンな情報公開制度になじまない。むしろ一定のミストに覆わしめておくべきだと、元駐英米国大使にして英国文化の透徹した観察者レイモンド・サイツがかつて英国王室についてなした指摘は、日本の皇室にもそのまま当てはまる。

徳仁親王は、祖父、父と二代の先帝が、変わる時代の中、国民との距離の取り方を模索し続けた様子を間近に見て知っている。同じ問いに自分はどう答えを出すべきか、長らく熟考していることだろう。しかしいま紹介している回想記は、心配したがる大人たちすべてを日本に残し、生まれて初めてたった一人の個人として暮らす時間を得た親王が、いかにものびのびと新鮮な空気を吸った様子を余すところなく活写したものだ。それゆえにこそ同書は親王の人物を伝えて有益であり、サー・ヒューの訳業が貴重だったといえる。

英語でならYour Highnessに相当する二人称の呼称は、日本語では「殿下」となる。そのことを友人に教えた親王は「よせばいいのに天井の電気を指して、これはデンカではなくてデンキだから混同しないようにと言ってしまった。しまったと思った時は後の祭りで、彼らは私を指してデンキと言ったり、天井の電気を指してデンカと言ったりするようになってしまった」のだそうだ。微笑ましい。

英国のオックスフォード大学構内を散策され、学友らと談笑される徳仁親王=1983年12月(時事)

同書に現れる友人には、「K君」というアメリカ人の学生がいる。その長兄「R君」は、当時オックスフォード大学ニュー・コレッジで得ていた教職を去り、親王留学中に米プリンストン大学に移った。親王は留学を終え日本に帰る際、米国に立ち寄ってプリンストン大学を訪れる。そこで当時同大学で学んでいた女優のブルック・シールズと対面を果たした。これらはみなK、R両兄弟との友情が生んだ挿話だが、このうちRの方はいまもプリンストンで教授を務めるRobert Georgeであることを、筆者はひょんなことから知った経緯がある。保守思想家として一家をなした人だ。

本年2018年は明治開闢(かいびゃく)以来150年。この間には数知れない日本人が欧州へ、米国へ渡って、貪欲な知識の習得に努めた。あとに、「留学記」という、欧米には存在しないノンフィクションの一ジャンルが確立した。自意識との葛藤、伝わらない言語との格闘、何事か学ばずには帰国できないと覚悟するところに生まれる強い使命感。著者たちの多くは、青春期を過ぎ大人になろうとしている時期にもあった。故に留学記の多くは、ビルドゥングスロマン(成長物語)の趣を呈すところに共通性をもつ。

われわれがここに見るのは、ひとりの青年が目を見開き、耳をそばだて、友人たちと絶えず微笑みを交わしながら、長い議論を楽しみつつ成長した過程を虚飾なく綴ったゆうに一個のビルドゥングスロマンである。どのページにも、読み手をして表情をなごませる挿話に満ちている。さして長くはない巻をおいた時、読者は著者の生活を、傍らにいてつぶさに眺めた感にとらわれよう。「テムズとともに」オックスフォードで過ごした2年が、親王にとってどれほど決定的意味をもったかを、容易に想像することができるに違いない。

バナー写真:英国オックスフォード大学マートン・コレッジの寮の自室でくつろがれる徳仁親王=1985年9月(時事)

(※1)^ 徳仁親王著『テムズとともに・英国の二年間』(学習院総務部広報課発行、1993年)

(※2)^ Prince Naruhito, Crown Prince of Japan, The Thames and I: A Memoir of Two Years at Oxford, (Translated by Sir Hugh Cortazzi, Global Oriental Ltd., Folkstone, Kent: 2006)

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  • [2018.10.29]

内閣官房参与、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授、ニッポンドットコム理事。1957年香川県生まれ。81年東京大学法学部卒業。『日経ビジネス』記者、編集委員を経て外務省に入省。外務副報道官、広報文化交流部参事官を務める。 著書に『通貨燃ゆ 円、元、ドル、ユーロの同時代史』(日本経済新聞社、2005年)、「安倍晋三の真実 官邸『激闘の舞台裏』」(悟空出版2018年)

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