沖縄も注目する台湾の「チョウと藍」のアグロフォレストリー

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豊かな山地がすぐそばに迫る台湾東部の花蓮県で、約6ヘクタールの森を活用したチョウ園に、天然染料の原料となる藍を植える試みが始まっている。チョウ園で環境教育活動などを行う台湾人の夫婦が、台湾の林野当局から事業を受託して進めているもので、林業にそれ以外の農産品を組み合わせることによって生態系の保全や林業家の経営安定などを目指すアグロフォレストリーの一環である。自生するチョウが約400種を数え、「チョウ王国」の異名を取る台湾。一方、台湾の藍はといえば、いったんは廃れたものの、ここ20年で復活し、その動向は沖縄の伝統的な藍産地からも関心を集めている。チョウに着目したエコロジー施設と、静かに回復してきた台湾の藍のコンビネーションは、森林生態系の維持・再生という世界的な課題に対する処方箋を示すことになるのか。

藍の研究者と知り合い、栽培に関心を持つ

森に藍を植える試みが行われているのは花蓮県寿豊郷の青陽農園。台湾東部の海岸山脈から続く斜面に位置しており、山にかかる雲がすぐそばまで迫る様子は、いかにもみずみずしい。運営するのは傅元陽さん(63)、葉美青さん(58)夫妻。もともとチョウ好きの二人だが、とりわけ大切なチョウはアオタテハモドキの一種。「このチョウは、普段は低いところしか飛びませんが、その時はたまたま旦那さんの鼻に止まったんです。それを私が写真で撮りました」と葉さん。16年前のこの出来事を機に親しくなった二人は、10年前からここを運営している。

チョウを手に講義を行う葉美青さん、2018年10月16日、青陽農園(筆者撮影)

園内は小道があるだけの森がほぼ全体を覆い、自然の川筋や池もある。生えているのは、オオバギ(トウダイグサ科)やムラサキシキブ(シソ科)の一種などで「台湾ではごく普通の森」(傅さん)。アゲハチョウ科のチョウが食草として好むカラスザンショウ(ミカン科)の一種もある。今後、カブトムシが好むというタイワンシオジ(モクセイ科)なども植えていく計画だ。

二人はここで環境教育プログラムを提供したり、学校の校外学習を受け入れたりしている。傅さんは「チョウを通じて、子どもたちに環境を尊重する姿勢や生命の大切さを教えている」と説明する。チョウの飼育はあちこちで行われ、筆者が訪問したときには、ハマセンダン(ミカン科)の葉を餌に飼育されているクロアゲハとカラスアゲハの幼虫を観察することができた。

青陽農園で藍を栽培するようになったのは2015年から。台湾で一般に「山藍」と呼ばれるものだ。工芸家の紹介で藍の研究者と知り合い、栽培に関心を持ったのがきっかけ。17年12月からは花蓮林務局の委託を受けて栽培実験を行っている。園内を流れる川のそばと遮光ネットを掛けた農園、そして林間の3カ所で合わせて6000本の苗を栽培して生育の違いを調べている。

藍はもともと、強い日差しを好まない性質がある。染料として沖縄県の工芸品などに使われ、「琉球藍製造」が国の文化財保存技術にも指定されている琉球藍の栽培でも、木の陰で琉球藍を栽培しているケースがある。琉球藍の産地、本部町伊豆味はタンカンやシークワーサーの産地でもあり、この果樹園に藍を植えるのだ。琉球藍の染料を製造する業者によると、果樹園ではタンカンなどの苗木を約3メートル間隔で植えるため、木と木の間のスペースで琉球藍を栽培する。「ミカン(タンカンなどのかんきつ)と藍は相性がいい」(業者)というわけだ。

タンカンの農園で栽培される藍(手前)、2018年10月30日、沖縄県本部町伊豆味(筆者撮影)

環境保全と経営の多角化に寄与するアグロフォレストリー

台湾で森に藍を植える試みの背景にあるのが、アグロフォレストリーである。林業では、樹木を材木として販売可能なまでに育て、収入を得るというサイクルが長い。そこで林地を活用して副業的に別の農林産物を販売し、林業家の経済を安定化させようというのだ。台湾で林業が行われている森林は約29万ヘクタールで、台湾の全森林面積の13%を占める。台湾では、1991年から天然木の伐採を禁じる政策が取られる一方、高齢化による担い手不足で林地の荒廃が進んできた。こうした状況を改善する手法としてアグロフォレストリーに関心が寄せられるようになった。傅さんは、森で藍の栽培に取り組む意義として土壌や水資源の保全を挙げ、さらに「農家に新しい副業を作ることができる」と説明する。林務局では2019年、藍の苗3万本を農家に配布し、アグロフォレストリーの普及を図る考えだ。

青陽農園の森に植えられている藍、2018年9月14日(筆者撮影)

台湾行政院農業委員会林務局が2008から14年に実施した第4次森林資源調査の報告書は「混農林業(アグロフォレストリー)は国際的にも重視され、環境保全と農家経営を両立させるものと考えられている」と指摘し、「農業生産を多様化させて生産性を高め、さらに環境保全につながる持続可能な農業経営である」としている。日本の環境省も「地域住民の生計手段となる農作物の栽培とともに、植林される樹木として在来種を用いることが可能であることから、地域社会と生物多様性の両方に配慮した森林経営となり得る活動」として、アグロフォレストリーの可能性に着目している。

台湾のアグロフォレストリーでは、日本と同様にシイタケ栽培が行われてきた他、養蜂に取り組むケースもある。そこへ新たに藍を取り入れた青陽農園だが、植えてみると本業であるチョウの生育にもマッチすることが分かってきた。葉さんは「森の上の方と、その下に植えた藍の間に空間ができて、そこにチョウが遊びに来ます」と話す。もともと生息しているコノハチョウも藍の葉を餌とすることが分かっている。さらに農園ではホタルの幼虫やカタツムリのエサとしても藍を重視している。

ハマセンダンで育つクロアゲハの幼虫、2018年10月15日、青陽農園(筆者撮影)

「卓也小屋」に代表される藍の総合施設を建設

農家にとって藍を栽培するメリットは、台湾各地に藍染めの工房が増え、製品のクオリティーも高まっていることと無関係ではない。

台湾省手工芸研究所(南投県草屯鎮)は1998年、一般向けに藍染めの講習会を開き、それまで蓄積してきた研究成果の普及に乗り出した。台湾の藍は日本統治期の文献にも登場し、もともと有益な農作物として扱われてきたが、化学染料の普及により一時は姿を消した。その復活の試みが98年に本格化したことになる。この講習会は同研究所の後身機関にも受け継がれ、ここで藍染めのスキルを身に付けた人たちが台湾各地で工房を開いていった。

台湾の藍染めは、そのデザイン性が高く評価される作品も出ている。台湾の政府系外郭団体が年1回、各地を巡回して開いている台湾デザインエキスポ(台湾設計展)では毎回、開催地周辺で制作されたクリエーティブな作品を展示しているが、台中で開かれた2018年のエキスポではその中に藍染め工房によるテーブルクロスとかばんが登場した。

うっすらと月が掛かった夜空に星々が散らばる風景を藍のろうけつ染めで描いたテーブルクロス。制作した「卓也小屋」は苗栗県三義郷にあり、レストランや宿泊施設を備えた藍の総合施設だ。長さ50メートルの布を1時間に1回転させて染める自動化の機械を15年から稼働させるなど工業化にも取り組む。独自開発の機械で、写真撮影はNGという徹底管理だ。琉球藍の作家でもある沖縄県立芸術大学美術工芸学部の真栄城興茂(まえしろ・おきしげ)教授(かすり織)は18年7月に視察し、「沖縄など日本では藍染めの環境が厳しくなっているが、本物の藍を使ってロールのものまでやっていることに感激した」と、藍染めとしては異例の規模に驚きを隠さなかった。

藍のろうけつ染めで作られたテーブルクロスが台湾デザインエキスポに展示された、2018年9月8日、台中市の文化部文化資産園区(筆者撮影)

琉球藍の関係者も高い関心示す台湾の取り組み

沖縄の琉球藍に目を転じてみよう。国の重要無形文化財となっている「喜如嘉の芭蕉布」など沖縄を代表する工芸品に欠かすことのできない染料でありながら、産地はいくつかの課題を抱えているのだ。

沖縄県が2017年度にスタートさせた5カ年計画の第8次県伝統工芸産業振興計画では、琉球藍について「栽培から製造までの人材が減少し、琉球藍供給に支障をきたしている」として、製造技術の改善や分業化などによる安定的な供給システムの構築が必要としている。国指定伝統工芸品の知花花織についてはより具体的に「原材料の琉球藍の供給量が減少するとともに、品質にばらつきがあり、染色が難しくなっている」と指摘する。

こうした状況に対処するため、沖縄県は2018年11月20日、県工芸技術センターで情報交換会を開き、藍の生産農家や染料の製造者、染め織り作家ら60人近くが意見交換した。琉球藍の供給体制を再構築する上で、こうした取り組みをどこまで実効性のある対策につなげられるのか関心を集めている。

その一方で、台湾では、2017年度に前年度を24.7%上回る81万3000人が沖縄を観光で訪れるなど、もともと沖縄への親和性が高く、沖縄のものづくりへの関心も広がり始めている。琉球藍を使ったのれんを沖縄の工房に依頼したり、沖縄の藍染め工房を見学しにきたりといったケースも出てきた。こうしたことから、沖縄で琉球藍にかかわる人たちの間では、逆に台湾における藍に着目するケースも少なくなく、「沖縄で(天然染料の)琉球藍が手に入りにくくなれば、輸入を考える人も出てくるかもしれない」という声さえ聞こえてくる。

卓也小屋は、台湾の高品質な雑貨を扱う集合店舗ブランド「誠品生活」が9月に台北市中心部にオープンさせた新店舗に進出し、台湾産藍染めのブランド価値は上昇中なのだ。こうしたすう勢を安定的な軌道に載せ、農林産物としての藍やそこから生み出される天然染料としての藍が安定的に取り引きされる環境を醸成することが、藍を使った台湾版アグロフォレストリーを成功に導く鍵となりそうだ。

藍の苗を育てる、2018年10月15日、青陽農園(筆者撮影)

青陽農園でも藍染めアイテムの試作を始めたところだ。葉さんの妹、美宏さん(54)は台北で工芸作家として活動しており、チョウをデザインした藍染めの制作に取り組む。藍染め製品の製造販売だけでなく、農園が柱として取り組んでいる環境教育の体験プログラムに藍染めを組み込むことも展望している。

美しい翼を広げるアオタテハモドキ(葉美青氏撮影)

(参考文献)

  • 行政院農業委員会林務局「第四次森林資源調査」(2015年)
  • 環境省「企業とNGO / NPOのパートナーシップによる世界の森林保全に向けて」(2016年)
  • 国立台湾工芸研究発展センター「台湾藍 草木情―植物藍靛染色技芸手冊」改訂版(2016年)

バナー写真=研修者に話をする傅元陽さん、2018年10月16日、青陽農園(筆者撮影)

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