ワシントンは「強い日本」を歓迎するか

政治・外交

日米関係の修復を軸に外交の立て直しを急ぐ安倍内閣。しかし、普天間移設やTPP、アジア地域の緊張など課題は多い。首相の訪米を前に、米国が同政権に寄せる期待と不安を時事通信社ワシントン支局の水本達也記者が分析する。

ヒラリー・クリントン米国務長官は退任直前の1月18日、国務省のベンジャミン・フランクリン・ルームで岸田文雄外相と共同記者会見に臨み、満面の笑みで「安倍晋三首相を2月第3週にワシントンに招待しました。オバマ大統領との間で多くの課題を話し合っていただく」と発表した。しかし翌19日付のワシントン・ポスト紙は、同盟国日本の首相の訪米が決まったことも、日米外相会談があったことさえ報じなかった。

クリントン長官の本音

首相訪米の露払いと位置づけられた外相会談での日本側の最大の成果は、クリントン長官が記者会見で、沖縄県の尖閣諸島に関して「日本の施政権を害そうとするいかなる一方的な行為にも反対する」と踏み込んだ表現で中国をけん制したことだ。

この発言は、周到に用意されたものだった。日米の外交当局は昨年11月の米大統領選後から、尖閣問題における対中抑止強化策について入念な擦り合わせを続けた。外交筋によれば、クリントン長官が1月初めにも訪日し、その際に尖閣問題に対する米国の踏み込んだ立場を表明することも検討されていた。長官が体調を崩したため計画は流れ、今回のような形となった。

クリントン発言は、確かに日本を勇気づけた。ただ、筆者は尖閣に関する長官のもう一つの言及を、米側の「本音」と見る。それは「日中が対話を通して問題を平和的に解決することを望むし、安倍政権が対話に着手したことを称賛する」というものだ。この中には東アジアの不安定化は米国の国益を損なうという考えが一番にあり、従って日中が争う尖閣問題に対しても「完全な解決は困難なのだから、重要なのはいかに問題をさばくかだ」(カート・キャンベル国務次官補)という米国の現実的な立場がある。

安倍政権の安全保障政策に疑問

多くの日本人は、東シナ海の現状を変更しようと試みているのは「中国の方だ」と主張するに違いない。ところが米国では、オバマ政権内だけではなく、在野の知日派識者も含めて、復活した安倍政権という存在自体が、また、安倍晋三という人物のこれまでの言説が中国を刺激し、地域の不安定要因になりかねないと危惧する人は少なくない。

実際、米シンクタンク・戦略国際問題研究所(CSIS)が1月下旬に行った200人以上の有識者に対する調査で、安倍政権の安全保障政策が米国に与える影響について約5割の人が「大変こじらせる」と回答した。日米外相会談に先立ち1月半ばに来日したキャンベル次官補は、河野談話の見直しに慎重に対応するよう非公式に求めている。

つまり米側が望んでいるのは、「強い日本を取り戻す」(安倍首相)ことではなく、対中関係の悪化を冷静にマネジメントできる、言い換えれば、ナショナリズムに左右されずアジア太平洋地域の安定に資することのできる日本のプレゼンスなのである。その前提があって初めて、日米同盟はオバマ政権の「アジア重視」の外交・安保戦略における礎石になり得る。同盟の深化は、防衛費の増額や集団的自衛権だけに還元されるわけではない。その証左として国務省などは、安倍首相が訪米に先立ち、東南アジアを外遊したことに強い関心と期待を抱いている。

日米両政府は安倍首相の訪米をきっかけに、民主党政権下で動揺した関係の修復に着手することで一致している。一方、日本側はオバマ政権も2期目への移行期にあるという事実にも注意を払う必要がある。特に知日派のクリントン―キャンベル・チームが政権を去ることは、日米外交の先行きを不透明なものにしている。

2月1日に就任したジョン・ケリー新長官は、自身の承認に関する上院公聴会で、中国について「敵対者と見なすべきではない。世界の経済大国であり、関係を強化することが重要だ」と表明し、日米同盟には一言も触れなかった。

オバマ大統領は現実主義者

オバマ大統領は、安倍首相との会談をどの程度重要視しているのか。関係当局者によれば、ホワイトハウスが日本の首相のために割く時間の長さによって測られるという。日本側は22日午前中に首脳会談を行い、そのまま昼食も共にしたい考えのようだが、調整は難航したもようだ。「昼食の相手はバイデン副大統領でよいのでは」(国務省筋)という声も聞こえてくる。理由は明白で、安倍首相が訪米に携えてくる「決断」にさほど期待できないからだ。

オバマ政権が日本に求めている具体的な課題は、先の日米外相会談の共同会見でクリントン長官があらためて指摘している。要約すれば、(1)沖縄県の米軍普天間飛行場移設の進展(2)環太平洋連携協定(TPP)への参加(3)ハーグ条約の早期加盟―の順となる。「ハーグ条約」を除けば、いずれも安倍政権には慎重を要する問題で、大統領に対して歯切れの良いことを言える状況にはない。

日本側は「信頼関係を構築し、今後数年先のグランドストラテジー(大戦略)を討議する場にしたい」(在米日本大使館)としているものの、米側がまず耳を傾けたいのは、日本が隣国との関係改善に取り組む道筋だろう。リベラルな政策を掲げるオバマ2期政権が、実際は「1期目よりリアリスト集団である」というのはワシントンの共通認識でもある。ちなみに個人的な信頼関係という点では、野田佳彦前首相の評判は決して悪いものではなかった。

アジアから再び中東シフトも

オバマ大統領はこのほど、2期目最初の外遊先として、3月中にもイスラエルを訪問することを明らかにした。ケリー新長官も中東和平への取り組みに意欲を示しており、米外交の焦点がアジアから再び、喫緊の懸案であるシリア内戦やイラン核開発などで不安定化する中東にシフトする可能性も出ている。クリントン長官が2009年1月の就任早々に日本を訪問した時と比べて、米国を取り巻く外部環境は様変わりしている。

大統領は2期目の就任演説で、米国が「同盟の要であり続ける」と明言した。これは世界各地に張り巡らした同盟網を、相対的に国力が低下している米国の「リソース」と位置づけ、諸懸案の解決に向けて最大限活用するという政権の現実主義の核心の一つである。「日米同盟」はその一部分にすぎない。

ある米政府当局者は、盛り上がりに欠ける日米首脳会談についてこんな風に話した。

「日本側はなぜ、いつも『同盟』のことしか言わないのか。日本が国内にどういう問題を抱え、どのように対処する方針なのか。それがエネルギー問題であれ、社会福祉の問題であれ、米国にとって参考になることなら、大統領は話に乗ってくるだろう」。

(2013年2月9日 記、文中の肩書は当時のまま)

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