石破氏の「内閣取り込み」が眼目—安倍首相の内閣改造

政治・外交

内閣改造、自民党役員交代を行った安倍首相の思惑は?人事刷新で政権内の勢力バランスはどう変わる?永田町の第一線で取材してきた政治ジャーナリストが解説する。

安倍晋三首相が、第2次政権発足後初めてとなる自民党の役員交代と内閣改造を終えた。日本では国会の多数派が首相を選び、かつ内閣を構成する議院内閣制を採用しており、与党と内閣の人事は表裏一体である。

さらに衆議院に小選挙区制度が導入されて以後、自民党政権では派閥の衰退と相まって首相=総裁に対する権限の集中が進んでいる。かつて派閥の合従連衡による分権的な統治システムが貫徹され、自民党が派閥連合政党とも呼ばれていた当時は分裂を回避するため総理(首相)と総裁を別の人物が務める「総・総」分離さえ模索されたこともあった。しかし、今や党、内閣の人事は首相=総裁の手の元にある。その実態を踏まえて自民党役員人事と内閣改造を合わせて「政権人事」と一体的にとらえて分析、差配した安倍首相の真意を探ってみたい。

今回人事は「次期総裁選の序盤戦」

極端な言い方をすれば、今回の政権人事は安倍首相にとって来年秋に行われる予定の自民党総裁選の「序盤戦」であった。政権人事の眼目は石破茂前幹事長の処遇、そして党内グループ、派閥との関係の再設定だった。それは石破氏が、総裁選で最大の「脅威」となることが想定されており、グループや派閥の動きが総裁選の情勢を左右する可能性が高いからだ。

首相を兼ねる総裁に代わって党務を掌握する幹事長は所属国会議員との接触が多いだけでなく、政党助成金の配分、党側の人事にも強い権限を持つ。2012年総裁選で石破氏は国会議員票では安倍首相を下回ったが、地方票では圧倒した。石破氏の弱点である党内基盤の強化につながる続投は、安倍首相にとってはどうしても避けたい選択だった。また、幹事長から外れた石破氏を無役のまま野に放って、「非安倍」「反安倍」勢力の結節点となることを許すのも得策ではなかった。

また、昨年暮れ以後、国家安全保障会議(NSC)創設関連法、特定秘密保護法の制定、そして集団的自衛権の行使容認などに取り組んでいる安倍首相に対して党内に異論も少なくない。党内グループ、派閥を率いる領袖クラスを引きつけておく必要があった。

その結果が、「石破地方創生担当相」であり、「谷垣禎一幹事長」「二階俊博総務会長」だった。石破氏が幹事長続投を希望し、入閣に難色を示したのも安倍首相のそんな狙いを察知していたからだ。その意味で、石破氏も総裁選の前哨戦を戦っていたと言っても過言ではないだろう。

「改造」ではなく、骨格は変わらない「改装」

眼目が「石破氏の幹事長外しと閣内取り込み」だったこともあり、政権の構造、特に内閣の骨格に大きな変化はなかった。

改造前の第2次安倍内閣は大きく分けて3つのグループから構成されていた。1つ目は菅義偉官房長官、加藤勝信、世耕弘成両官房副長官ら官邸で重要な政策や政治案件の調整に徹する「実務系グループ」。2つ目はアベノミクスを主導する麻生太郎副総理兼財務相、甘利明経済財政担当相、茂木敏充・前経済産業相ら「経済系グループ」。3つ目が衛藤晟一首相補佐官、下村博文文部科学相、古屋圭司・前国家公安委員長兼拉致問題担当相ら安倍首相と思想信条を同じくする「思想系グループ」だ。

経済再生を政権の至上命題と位置づけた最初の1年弱は、実務系が水面下の段取りを取り仕切りながら、経済系を前面に押し出してアベノミクスを展開した。昨年暮れからは国家安全保障会議(NSC)創設関連法、特定秘密保護法の制定、そして今年に入ってから集団的自衛権の行使容認など安倍カラーの強い政策に取り組むようになってからも、この構造に変化はなかった。安倍内閣が高い支持率を維持している要因が経済再生に対する期待と評価であることに変わりはなかったからだ。

例外が昨年末の安倍首相による靖国神社参拝だ。思想系、特に衛藤氏らの要請を受け、菅氏の慎重論を振り切って参拝に踏み切った。ただ、その後は中韓両国の反発だけでなく米国の求めもあり、参拝を見送っている。

今回の改造で、菅、麻生、甘利、衛藤、下村各氏ら3つのグループの主要人物は留任している。代わったのは骨組み以外なのだ。内閣改造ではなく内閣「改装」と呼んだ方が実態を反映しているかもしれない。

総主流体制の一方、派閥の比重は下がる

目を自民党役員に転じてみる。政調会長には前任の高市早苗総務相と同様、思想信条をともにする稲田朋美前行革担当相を据えたものの、幹事長や総務会長には自分と決して近い関係ではない人物を迎えている点ではこれまでと同じだ。前述したように石破氏は2012年の総裁選で戦い、来年秋の総裁選でも最大のライバルになる可能性ある人物だ。野田聖子前総務会長はライバルという関係ではないが、家族観、社会観はかなり安倍首相と異なっている。

今回幹事長になった宏池会出身の谷垣氏や、総務会長に就いた二階氏も思想信条が近いわけではない。自民党役員で同じ陣営ではないグループ、派閥に配慮して「総主流派」に近い体制を築いた上で、内閣では実務系が経済系を押し立てるという構造に大きな変化はない。

年末には、来年10月に予定されている消費税率の10%への再引き上げを実行に移すのか否かを判断しなければならない。さらに来年春の統一地方選、秋の総裁選、その後の衆院解散・総選挙を視野に入れれば、景気の失速はどうしても避けなければならない。経済再生を最重視する政権の構造を維持するしかないのだ。

今回、望月義夫環境相(岸田派)、竹下亘復興担当相(額賀派)、西川公也農水相(二階派)、江渡聡徳防衛相(大島派)と各派閥の事務総長らが入閣したことなどから「派閥均衡」との指摘があるが、的確ではない。派閥均衡と呼ばれたかつての人事は、派閥の推薦名簿に基づいており、配分も反主流派を除けば派閥の規模に応じていた。今回の人事で派閥はそれほど決定的な役割を果たしていない上に、石原伸晃前環境相の派閥からは起用ゼロだった。 

菅氏の求心力増し、官邸支配強まる可能性

構造は維持されても政権内の力関係に変化は出てきそうだ。政権全体を切り盛りしている実務系を率いる菅氏が留任することでさらに求心力を増し、菅氏を中心とする官邸支配が強まる可能性が高いからだ。

政権の要と言えば党の幹事長、内閣は官房長官だが、両者の関係はそれぞれの党内基盤の強弱などによって違ってくる。菅氏にとって幹事長が石破氏の場合、やはり安倍首相の脅威になり得るライバルであることから配慮が必要だった。

しかし、党内秩序を重んじる谷垣氏の場合、政治情勢のかなりの変化がない限り、安倍首相の脅威になる可能性は低い。総裁選を争った安倍首相と石破幹事長という両雄が並び立っていたこれまでの態勢から安倍首相の「1強」状態が強まることになるだろう。

二階氏の総務会長、茂木敏充前経産相の選対委員長への起用にも注目すべきだろう。二階氏は公明党の支持母体である創価学会首脳部と太いパイプを持っており、党4役入りで、公明党―創価学会との関係強化が進むことになる。茂木氏については額賀派から党4役に処遇する意味合いもあるが、その実務能力が官邸サイドに高く評価されていたという事情もあった。菅氏は二階、茂木両氏との関係が良好で、対公明党や選挙対策の面でも、菅氏がより絡む局面が多くなりそうだ。

「安倍1強」、批判勢力の欠如が懸念材料

自民党内で、「安倍1強」状態がさらに強まる状態がはらむ危険性もある。安倍首相の方針に異を唱える人物がほとんどいなくなることで、政権批判票を自民党で受け止めて、つなぎ止めておくという多重構造が失われるからだ。

今のところ、野党第1党の民主党が求心力を失ったままで他党との連携がうまくいかず、野党が分立、受け皿たり得ていないことから、安倍政権に対する批判がそのまま野党支持に転化しない状況が続いている。

しかし、年末に衆院の任期が折り返し地点を迎え、衆院解散・総選挙が取りざたされ始めると野党連携が促進される可能性もある。国民の生活に影響を与えることになりかねない特定秘密保護法や集団的自衛権の行使容認には反対論も根強い。それが表面に噴出しないのは野党が極めて脆弱だという事情もある。皮肉にも「安倍1強」、裏を返せば批判勢力の不在が自民党の最大の弱点なのかもしれない。

 

タイトル写真:組閣後の初閣議に臨む安倍晋三首相(中央)。右端は石破茂地方創生担当相=2014年9月3日、首相官邸(時事)

自民党 安倍晋三 内閣改造 アベノミクス