不動産から負動産へ:人口減少時代の土地問題

社会

放棄したくてもできない土地、所有権が分からない土地、市場価値が落ちたのに税負担や管理コストが重くのしかかる土地といった、いわば「負動産」の問題が広まりつつある。中でも相続未登記などで土地所有者が不明になる問題が深刻だ。この問題を解決するには今何が必要なのか。

所有者の居所や生死が直ちに判明しない、いわゆる「所有者不明」の土地が拡大している。地方から人が減り、地価の下落が続いているためだ。その結果、災害復旧や耕作放棄地の解消、空き家対策など、地域社会の公益上の支障となる事態が各地で報告されている。2017年10月26日には、増田寛也元総務相らによる「所有者不明土地問題研究会」が、このままではこうした所有者が不明な土地は40年までに約720万ヘクタールまで拡大し、経済的損失は累計で約6兆円に上るとの試算を発表した。

地方で問題は深刻化していた

昨今、社会的な関心が高まってきた土地の「所有者不明化」問題だが、地域レベルで見ると実は必ずしも新しい現象ではない。1990年代初頭には、森林所有者に占める不在地主の割合は2割を超え、林業関係者の間では、過疎化や相続人の増加に伴い所有者の把握が難しくなる恐れのあることが懸念されていた。農業では、登記簿上の名義人が死亡者のままの、いわゆる相続未登記の農地が、集約化や耕作放棄地対策の支障となる事例が各地で慢性的に発生してきた。自治体の公共事業の用地取得においても、同様の問題は起きていた。

しかしながら、こうした問題の多くは、関係者の間で認識されつつも、あくまで農林業あるいは用地取得における実務上の課題という位置付けにとどまってきた。それが、近年、震災復興や空き家対策においてこの問題が取り沙汰されるようになり、同時に都市部でも問題視されるようになったことで、広く政策課題として認識されるようになってきたのだ。

土地情報基盤の未整備

そもそも、日本では、土地の所有・利用実態を把握する情報基盤が不十分である。不動産登記簿、固定資産課税台帳、農地台帳など、目的別に各種台帳は作成されている。だが、その内容や精度はさまざまで、一元的に情報を把握できる仕組みはない。国土管理の土台となる地籍調査(土地の一区画ごとの面積、境界、所有者などの確定)は、1951年の調査開始以来、進捗(しんちょく)率はいまだ52%にとどまる。一方で、個人の所有権は諸外国に比べて極めて強い。

各種台帳のうち、不動産登記簿が実質的に主要な所有者情報源となっているものの、権利の登記は任意である。登記後に所有者が転居した場合も住所変更の通知義務はない。そもそも不動産登記制度とは、権利の保全と取引の安全を確保するための仕組みであり、行政が土地所有者情報を把握するためのものではない。

司法書士の間からは、「農地・山林はもらっても負担になるばかりで、相続人間で押し付け合いの状況」「最近、相談者から、『宅地だけ登記したい、山林は要らないので登記しなくていい』と言われるケースが出てきた」といった声も聞かれる。

土地を国土というレベルで見たとき、政策の基盤となる情報が、こうした個人の任意の上に成り立っているのは、大きな問題だろう。そして、このことがほとんど議論されないまま、現在に至っている。

フランスでも「所有者不明化」は起こっているのか

日本の民法と不動産登記法は、明治期以来、フランスおよびドイツの法制度を参考に形作られてきた。特に権利の登記は、第三者への「対抗要件」という考え方をとっており、フランス法の考え方を採用したものだ。具体的には、「不動産の売買などによる権利の変動は、当事者間の契約によって成立する。ただし、第三者に権利を主張するためには登記を必要とする」という考え方である。登記をしないと権利の変動そのものが成立しないというドイツ法の「成立要件」の考え方とは異なる。

では、日本と同じく登記を対抗要件としているフランスでは、相続登記が行われないことによる土地の「所有者不明化」問題は起きているのだろうか。答えは、否である。かつてはフランスでも、相続による物件変動があってもそれが必ず登記されているとは限らないことが、フランス法の抱える不都合として認識されていた。そこで、登記法の大改正(1955年)などを通じて、ノテールと呼ばれる公証人の関与を強化し、この問題を大幅に是正したのである。相続処理の過程で公証人が相続人に相続登記を行うべきことを伝える仕組みが構築されており、これが、「相続が発生しても登記がされない」という問題の発生を防いでいる。

一見するところ、日本と似ている制度を採用しているフランスだが、その制度の担い手という点で重要な違いがあり、専門家の関与による相続登記の実現がなされているのである(※1)

今後必要な対策

では、日本では今後、どのような対策が必要だろうか。大きく次の3つに整理できる。

①相続登記の在り方

土地の「所有者不明化」問題の発生・拡大を防ぐために、今後、最も重要かつ喫緊な課題が相続登記であることは、多くの関係者が指摘するところだ。

中期的には相続登記の在り方の見直しを進めつつ、まずは現行の任意の相続登記を前提として、手続きの簡便化や専門家による手続き支援など、登記促進策を打ち出すことが急務である。また、登記記録が古いままの土地が地域の土地利用の支障にならないよう、こうした土地の利用を可能にするための法整備も必要だ。

②「受け皿」づくりの必要

「所有者不明化」問題の対策として、第二に重要なのは土地の「受け皿」づくりである。人口が減少する中、使われない土地が増加しているからだ。

筆者らが行った自治体アンケート調査では、自治体が住民からの土地の寄付を受け取るのは、道路用地など公的利用が見込める場合にほぼ限定されていることが分かった。利用見込みのない土地が放置され、物理的な荒廃や、相続未登記による権利関係の複雑化が進まないよう、土地の保全や地域の公益の観点から、非営利組織などによる新たな「受け皿」を作っていくことが必要だ。

③土地情報基盤のあり方

「所有者不明化」問題の対策として、第三の論点が土地情報基盤の在り方である。相続登記の申請が任意である以上、現在の不動産登記制度だけで土地の所有者情報を把握することは困難だ。この根本的な課題を乗り越えるため、既存の各種台帳を最大限に活用し、基礎情報を効率的に把握できる仕組みを構築する必要がある。台帳間の基本項目(住所、氏名、生年月日など)の標準化、互換性の確保、そして利用ルールの統一を図り、情報連携を進めることが急務である。

現在の日本の土地制度は、明治の近代国家成立時に確立し、戦後、右肩上がりの経済成長期に修正・補完されてきたものだ。地価高騰や乱開発など「過剰利用」への対応が中心であり、過疎化や人口減少に伴う諸課題を想定した制度にはなっていない。土地の「所有者不明化」問題とは、こうした現行制度と社会の変化の狭間(はざま)で広がってきた構造的な課題である。問題を一度に解決できる万能薬はない。

2017年6月に閣議決定された政府の「骨太の方針2017」では、所有者不明土地の有効活用について、「法案の次期通常国会提出を目指す」ことが明記された。地価の下落傾向が続き、「土地は資産」との前提が崩れていく中、土地を次世代へ引き継いでいくために、どのような仕組みを作っていくべきなのか。国、自治体、地域、そして私たち一人ひとりが「自分のこと」として考え、地道に制度見直しを重ねていくことが必要である。

バナー写真=老朽化した建物(アフロ)

(※1) ^ フランスの制度については、小柳春一郎「フランス法における不動産の法的管理不全への対策―コルシカにおける相続登記未了と2017年地籍正常化法―」『土地総合研究』2017年春号が詳しい。

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