繰り返される野党の離合集散:組織が弱く、浮動票頼みで漂流

政治・外交

希望の党の誕生、そして民進党の分裂。「自民1強」の政治状況の中、野党陣営はまたも離合集散し、今の政治に飽き足らない層の“受け皿”づくりに奔走する。なぜ同じことが次々と繰り返されるのか。日本の政治システムの問題点も交えて解説する。

われわれは再び、同じ光景を目にすることになった。日本の政治はまたも、水面が大きく波打っている。古い党が分裂し、新しい党が息継ぐ間もないペースで相次いで生まれている。

与党自由民主党を率いる安倍晋三首相が10月22日投票の解散総選挙に打って出た後、東京都の小池百合子知事は自らの政党、希望の党を立ち上げた。わずか3カ月前、彼女は新たにつくった地域政党、都民ファーストの会を率い、都議会選挙で自民党に大勝した。国政に一気に進出することを狙った彼女の動きは、全く予想されていなかったわけではないが、日本の最大野党のメルトダウンというそれ以上に予想外の事態を引き起こした。

小池氏の新党立ち上げを受け、民進党の前原誠司代表は出し抜けに、自らの党を事実上解党すると発表。同党の衆院選候補者は希望の党の候補として選挙に出ることになった(前原氏自身は無所属で立候補)。ところが、民進党のすべての候補者が小池氏の仲間に加わるのを歓迎されたわけでもなければ、加わることを選んだわけでもなかった。党内の左寄りの議員は、もう一つ新たに生まれた枝野幸男氏率いる立憲民主党に移った。

日本のメディアは過熱状態となり、誰がどの党に参加するのか、そして小池氏自身が都知事を辞め、衆院選に出馬するのかどうかを巡ってさまざまな憶測を伝えた。

前回の2014年選挙は対照的に、気の抜けたようなものだった。投票率は史上最低の52%に落ち込み、自民党と連立相手の公明党は前回に続いて3分の2の多数を確保した。17年選挙はこれまでのところ、はるかに面白いレースとなっている。だが、こうしたあらゆる騒ぎが、日本の政治の在り方に何からの大きな変化をもたらすかどうかは疑問だ。

「別の選択肢」なければ民主主義は脆弱化

希望の党は235人の候補者を公認したが、代表の小池氏は自民党との連携の可能性を排除していない。憲法改正や集団安全保障など極めて重要な問題で、彼女は多くの点で与党と立場を共有している。多くの人々は希望の党について、与党の新たな派閥にすぎないと指摘、最大野党勢力が彼女の船に一斉に参加したことは結局のところ、保守派に勝利もたらすことになるとしている。

もし自民党率いる連立与党が憲法改正に必要な3分の2の多数を失った場合、連立与党にはその壁を超えるため、希望の党やもう一つの保守派の第3極政党である日本維新の会などの憲法改正支持派とパートナーを組む選択肢がありそうだ。一方、中道左派の立憲民主党はある程度明確な政策選択肢を示している。つまり、9条改正に反対、原発ゼロ、リベラルな価値観重視、富の再配分の拡大である。ただ、同党は衆院465議席に対し、78人の候補者しか立てていない。全ての候補が当選し、他の左派政党と手を組んだとしても、議会多数派にははるかに届かない。

かくて、この選挙の本質は、自民党とその保守的主張にとって代わり得る信頼できる別の選択肢がまたも存在しない点にある。そして、われわれは冷戦後の日本の民主主義が抱える永遠のテーマに再度直面する。つまり一党優位システムの下、いかにして政党間の健全な競争を生み出すかである。政府と政策について別の選択肢がない状況に直面し、不満を抱く有権者は恐らく棄権し続け、その間に民主主義の正統性、アカウンタビリティ、有権者に対する応答性は一層ダメージを受けるだろう。

根なし政党と渡り鳥政治家

同じようなことは前にもあった。1993年の総選挙を前に自民党は分裂した。元知事たちが率いる勢力と自民党離党者から成る新たな政党が誕生、その結果、自民党は短期間、権力の座から離れることになった。今回のドラマの3人の主役(前原氏、小池氏、枝野氏)がいずれも、反自民新党の候補者として、1993年選挙で初当選を果たしたことは象徴的だ。

この選挙の後、野党は万華鏡のように合併と分裂を繰り返した。民進党の前身の民主党が、イデオロギー上の相違や個人的なライバル関係で根深い内部対立を抱えつつも、最終的に統一野党として姿を現した。民主党は2009年、政権を獲得したものの、すぐに内部崩壊した。12年総選挙は9つもの政党が乱立する選挙となった。この中には、右派の橋下徹大阪府知事率いる日本維新の会、滋賀県知事率いる弱小の日本未来の党という2つの第3極の政党が含まれていた。

野党勢力の小党への分裂は、自民党に有利に働いている。そうした分裂は日本のハイブリッドな選挙制度の相矛盾する面を反映している。1994年の衆院選で導入された小選挙区(現在289議席)は中小政党を団結させ、選挙区での単一候補擁立の動きをもたらした。ところが、比例代表の議席(現在176議席)は共産党、公明党、第3極諸党などが、2大政党のいずれかとの合併を選ぶのではなく、政党として生き残ることを可能にしている。そのため、2大政党制を目指したはずの制度の中で、議会多数派を獲得する望みのない小政党が数多く生まれる事態となっている。

野党側の現在の混乱はまた、看板を替えなければならないという強迫観念の反映でもある。民主党が2012年に下野して以来、同党の支持率は急落し、民進党として再出発した後も10%程度、時にはそれ以下に低迷していた。自民党が40%前後を保っているのとは実に対照的だ。

離党「ドミノ」を受け、ひん死状態に陥った同党政治家の多くは新たなスタートのため、希望の党にこぞってしがみ付こうとした。政治家たちはこうして、自分の看板を替えるため、政党を移る(あるいは、自らの選挙地盤が十分に強力であれば、無所属で立候補し、選挙後になって勝利した党に加わる)ことをしてきた。

例えば、有名な「渡り鳥」の小池氏は、過去25年間で7政党を渡り歩いた。たとえやがて消えゆく政党にせよ、こうした政党に参加することで、こうした政治家は政党助成金(不可欠な選挙資金)を手にし、また比例代表候補として立候補する(小選挙区で敗北した場合の保険となる)チャンスを手にできる。

党組織の中身のなさは、こうした政党の混乱をもたらすだけでなく、それを一段と悪化させる要因となっている。民主党は20年近く続いたが、社会に根付いた地方の政治家、党員から成るしっかりした全国規模の支持基盤をつくり上げることができなかった。こうした組織の弱さを抱える政党は、選挙ごとに大きく揺れ動く浮動票に左右されやすくなる。

社会と遊離した日本の政党

政党の社会からの遊離は、与野党に共通している。自民党の地方コミュニティ、利益グループとの結び付きもまた、富の再配分の縮小と市町村合併に伴う地方政治家の大幅な減少によって弱まった。ただ、相対的に言えば、同党はずっと強固な地方ネットワークを維持している。とりわけ、農村部ではそうである。一方、都市部では、連立相手の公明党の固い地盤が自民党に強みをもたらしている。最近の選挙のように投票率が低い場合、自民党のこうした組織面での強みを野党が克服するのは難しいだろう。

来たる総選挙でも恐らく、同じような力が働くだろう。前原氏が民進党の解党を発表した際、地方の支部と党員が相談を受けることはなかった。多くの人々は今や不満を抱き、どの候補を支持すべきかで割れている。

希望の党については、都民ファーストの会の幹部2人が離反し、小池氏が握っていた東京の支持基盤は早くも不安定化の兆しがある。民主党/民進党の組織・財政面の最大支持組織である連合(日本労働組合総連合会)でさえ、党の解散についてはほとんどなすすべがなかった。割って出た中道左派について、連合もまた内部に意見対立を抱えている。

これらはすべて、野党が事実上、政治家が選挙目当てに立ち上げては捨てる「いつでも乗り換え可能な船」となっていることを示している。それらの政党はボトムアップによってつくられたり、コントロールされたりしておらず、そのために社会全体のさまざまな利益を代表したり、一つにまとめたりする能力が弱い。そうした政党は社会から自らを切り離している。もはや社会に足場を持たず、政党理論家のピーター・メアが言うところの「代表機能の忠実性(representational integrity)」を欠いているのだ。

浮動票とポピュリスト戦略

一方、有権者の方も政党から距離を置くようになっている。支持政党なしの日本の有権者は、1980年代に比べてほぼ2倍に増えた。世論調査機関によって差はあるものの、浮動票の割合は50%から70%の間を動いている。それと同時に、国際的に見れば既に低いレベルにある党員や後援会員も着実に落ち込んでいる。

日本の政党の社会との結び付きの弱さは、今回の選挙で立憲民主党のツイッター・フォロワー数が結党から1週間のうちに自民党のそれを上回ったというニュースによく表れている。10月10日現在で、立憲民主党のフォロワーは16万2000人に達した。だが、この数字は実は、橋下氏(190万人)、安倍氏(75万人)、小池氏(48万人)といった政治家個人のフォロワーにはるかに及ばない。そして、ツイッター・フォロワーが活動的な党員や地方政治家、利益グループによる支持の代わりにならないのは明らかだ。

政党はそこで、無関心な有権者の足を投票所に運ばせるため、党のリーダーのカリスマや資質に焦点を合わせたメディア・アピールと、頭ではなく情動に訴えるシングル・イシュー選挙キャンペーンの組み合わせによって、浮動票を獲得しようとしている。こうした戦略は、過去10年の間に小泉純一郎氏と橋下徹氏が見事な手腕を発揮して成功を収めた。大半の一般議員、とりわけ自らの選挙地盤が弱い議員は、選挙区で自分が勝てるだけの十分な「風」を党のリーダーが吹かせてくれる限り、喜んで彼らに付き従う。

小池氏は同様のポピュリスト戦術を目指し、都知事選挙および自らの地域政党を率いて臨んだ都議会議員選挙において、自分と東京の自民党の既得権益との対決という構図をつくり出した。彼女は自らを反安倍、反「お友達びいき」と位置付けることで、「風」をもう一度、希望の党のために全国的に吹かせようと試みている。だが、まだ風は起きていない。人々を引き付けるため、彼女の党の公約は花粉症ゼロや電柱ゼロといった寄せ集めのキャッチコピー的政策によって、中身が薄いものとなっている。

一方、立憲民主党を率いる枝野氏もまた、自分と党について、「リベラル」でもあり、「保守」でもあると述べ、左右両方の浮動票を取り込もうとしている。彼はボトムアップ型民主主義と社会に根付いた政党の必要性を強調、他の党の一時しのぎのポピュリスト戦略を批判している。だが、中道左派政党として生まれたばかりの同党が、もし違ったやり方をするつもりなら、長い未踏の道筋を歩まなければならない。

つまり、不満を抱いた無党派大衆の間から新たな集団的アイデンティティを形成し、彼らを党の安定的な支持基盤へと組織し、単独にせよ連立を組むにせよ、保守派にとって代わり得る信頼できる別の選択肢となる必要がある。選挙の投票まで1カ月ない段階で生まれた政党にとって、これはほとんど絶望的な課題だろう。

(原文英語。英語版は2017年10月12日にnippon.comでウェブ公開した)

バナー写真:会談を終えて握手する希望の党の小池百合子代表(手前左、東京都知事)と民進党の前原誠司代表=2017年10月5日、東京都新宿区(時事)

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