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【理化学研究所】X線自由電子レーザー施設SACLA

科学 技術

理化学研究所播磨研究所のX線自由電子レーザー施設「SACLA(さくら)」は世界最短波長のX線自由電子レーザーを使い、技術的限界を超えた物質の構造の解析が可能で、新薬の開発などに役立つと期待されている。

理化学研究所播磨研究所(兵庫県)のX線自由電子レーザー施設「SACLA(さくら)」は世界で一番波長の短いX線自由電子レーザー(XFEL)の発振に成功した。昨年度末に完成したSACLAは、電子ビームからXFELという光をつくり、その光を使って実験、研究をする施設だ。現在、2012年3月の供用開始に向けて、調整運転を進めている。

原子の一瞬の動きも捉える光

XFELとは、X線領域の波長を持つレーザー。レントゲン写真でおなじみのX線は波長が短く、物質を突き抜ける力が大きい。レーザーは、高速光通信やDVDなどに使われる強い光で、光の波がそろっている。X線とレーザーのすぐれた性質を兼ね備えたXFELは、従来より10億倍も明るく、波長も短い。この光を使えば、原子や電子レベルの詳細な観察が可能だ。たとえば、細胞膜に含まれるタンパク質の構造を1分子ごとに解析できる。しかも、XFELは約10兆分の1秒というとても短い時間だけ光るので、超高速ストロボ写真のように、瞬間的な原子の動きや非常に速い化学反応も捉えられる。今まで誰も見たことのない極めて小さい世界の瞬間の動きを観察できると考えられている。

コンパクトで省エネなSACLA

SACLAは、加速器棟、光源棟、それに実験研究棟がつながる全長約700mの細長い構造だ。これは、16両編成の新幹線のぞみ2台分くらいの長さだ。加速器棟の電子銃で発生した電子ビームは、全長約400mの加速器によって光の速さ近くまで加速される。光源棟では、アンジュレータにより電子ビームからXFELを発生させる。アンジュレータは強力な磁石が並ぶ装置で、磁石の力で電子を曲げ、運動させる。そこでできたXFELを出口のビームラインで加工し、実験に使うという仕組みだ。

XFELを発振する取り組みは欧米でも行われているが、SACLAはどの施設よりコンパクトで省エネなのが特徴だ。新たに開発した加速器は従来の2倍の加速能力を持つため、加速管の長さを短くすることができた。また、アンジュレータを真空管に封じ込むという技術で、他の施設より低エネルギーの電子ビームでXFELをつくることができる。石川哲也播磨研究所所長は「日本独自の技術の結集により、米国や欧州の施設の約4分の1という大きさの施設が実現しました」と話す。

この技術を見てほしい

SACLAはとても繊細な施設だ。アンジュレータの据え付けには、光がまっすぐ進むよう地球の丸みまで考慮している。アンジュレータは120mに渡って並ぶが、そこを通る光の軸のずれはわずか0.1mmだという。こうした微調整の積み重ねでSACLAが完成した。「実際に使ってみると予期しないことが起こるかもしれません。これからが正念場です」と開発者は語る。

完成には5年間かかった。初めは本当にできるのかという声もあったという。無事に施設が完成し、レーザー光をつくりだすことに成功した今、施設を利用する研究者は「待ちに待った」と、施設を開発した研究者は、「この技術をみんなに活用してほしい」と、供用開始を心待ちにしている。


光源棟内のアンジュレータホール:写真奥に並ぶアンジュレータからXFELがつくられる。

7月13日には、0.08ナノメートル(ナノは10億分の1)の波長のXFELの発振に成功した。世界で一番波長の短いレーザー光だ。波長が短いほどより小さいものを見ることができる。石川所長も「ビームの調整によりもっと波長を短くできる」と期待を寄せる。

今後のデータの解析には、神戸研究所にある世界一の次世代スーパーコンピュータ「京」と連携する予定だ。石川所長は「お互いに手を取り合って新しい科学を切り開いていきたい」と意欲を燃やしている。

今までの技術の限界を超えることで、創薬において重要な膜タンパク質の構造や機能の解明、ナノレベルの超高精度の微細加工技術など画期的な研究が可能になるという。


クライストロンギャラリー:SACLAを動かす心臓部で、制御機器が並ぶ。

取材・文=佐藤 成美
撮影=ハンス・サウテル

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