サイエンス・フロンティア

【物質・材料研究機構】微細な穴が放射性物質を捕まえる

科学 技術

独立行政法人物質・材料研究機構(本部・茨城県つくば市)は、メソポーラス物質という多くの細孔をもつ新規材料を使い、放射性物質の吸着材を開発した。汚染された土壌や海水の除染に向け、実用化が進められている。

日本で発見、無数の微細な孔をもつ“メソポーラス物質”

メソポーラス物質とは、2~50nm(1ナノメートルは1mの10億分の1)の大きさの孔(あな)をたくさん持つ多孔性材料。約20年前に日本で発見された。多くの孔を持つため、表面積が極端に大きいことが特徴だ。メソとは、ナノとマイクロの中間を意味する。大きさが2nm以下のナノ孔には、水やメタンなどのごく小さな分子しか入れないが、それより大きいメソ孔には、様々な化合物の分子が入ることができる。そのため、孔の中で多彩な化学反応が起こる。

一方、メソ孔の大きさでは、取り込まれた分子が集合し自由には動けず、分子の並びや動きが制限される。そのため、孔内部の分子を精密にコントロールできるといった、従来の材料にはない独自の機能を持つだろうと期待されている。現在、触媒や光学材料などの応用に向けて、世界中で研究が進められている。

化学反応で放射性物質だけを捕獲する

物質・材料研究機構(NIMS)は、メソポーラス物質を使って溶液に含まれるヨウ素やストロンチウム、セシウムなどの放射性物質を選択的に捕まえ、簡単に除去できる吸着材を開発した。開発したのは、元素戦略材料センターのシェリフ・エル・サフティ主幹研究員だ。エジプト人で、同センターにはこのほか、中東からの研究スタッフが集まっている。日本の研究機関としては珍しい顔ぶれだ。同機構は、国際化を積極的に推進しており、所内には海外出身の研究者が多く見受けられる。

メソポーラスシリカ:内部にナノサイズの微細孔が形成されている。

この吸着材は、食品の保存剤「シリカゲル」の材料としても知られるシリカ(二酸化ケイ素)を材料にして合成したメソポーラスシリカの孔の中の壁に、放射性物質を吸着する化合物をびっしりと敷き詰めたものだ。細かい穴が規則正しく無数に空いているために表面積が大きくなり、吸着化合物を高い密度で敷きつめることができた。そのおかげで、ごく微量しか含まれていない放射性物質を捕まえられる。

「この吸着材は、選択性が高いのが特徴です。特定の物質しか捕獲しないので、塩分やミネラルが含まれている海水でも、目的の放射性物質だけを取り除くことができます」とシェリフ主幹研究員は説明する。イオン交換材料や触媒などとして利用されているゼオライトなどの従来の吸着材は、特定の物質に吸着する力が弱いため、構造の似た他の物質も吸着してしまい、効率が悪かった。しかし、新しく開発された吸着材は、化学反応により目的の放射性物質だけを吸着するため、選択性が高く、効率がよい。

ただ、シェリフ主幹研究員によると、放射性物質に適合した吸着化合物を探すのにとても苦労したという。100回以上も試行錯誤を繰り返し、まずはヨウ素、続いてストロンチウムに適合する吸着材を開発。最近になって、セシウム用の吸着材もようやく開発することができた。

開発した吸着材は、化学反応を利用して、放射性物質を検出することもできる。例えば、ヨウ素が吸着すると、吸着化合物がそれに反応して吸着材は緑色に変色する。この色は、ヨウ素の量に合わせて変化するので、どのくらいの量が含まれているのかも簡単に調べられる。さらに、化学反応により、捕まえた放射性物質を吸着材から分離することも可能だ。

吸着する物質によって、色が変わる。シェリフ主幹研究員は、放射性物質以外にもさまざまな金属の吸着剤を開発。飲料水に含まれる有害金属の除去剤へも応用した。

 

抜群のセシウム吸着性能を実現

プルシアンブルーの溶液に水溶性ポリマーを加えかき混ぜるという簡単な方法で、メソポーラス・プルシアンブルーの合成に成功。

一方、同機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の山内悠輔独立研究者らが開発したのは、「プルシアンブルー」という顔料を用いたセシウム吸着材だ。プルシアンブルーは鉄を含む化合物で、鮮やかな青色をしている。ジャングルジムのような結晶構造をしており、その隙間にセシウムを取り込むことが可能だ。体内でも安定した構造を保つことができるので、放射性セシウムを大量に摂取した時の解毒剤として使われることもある。これまで、セシウムを吸着する効率があまりよくないという難点もあったが、山内氏らはプルシアンブルーの結晶にメソポーラス構造を形成させることで、セシウムを吸着する能力を高めることに成功した。

メソポーラス・プルシアンブルーの表面構造(左)と内部構造(右)。表面には細かい穴がびっしり。内部には大きな穴。(写真提供:山内悠輔独立研究者)

表面積の大きいポーラス材料を使って、プルシアンブルーのセシウム吸着能力を高める試みは以前から行われていたが、鋳型を使って孔の空いた結晶をつくるという従来の方法では、うまく実現できなかった。

「そこで、プルシアンブルーの結晶にエッチングで孔を空けてしまおうと思ったのです」と山内氏は説明する。新たに開発した合成法は、まず、プルシアンブルーの均一な粒子をつくり、その溶液に水溶性ポリマーを加える。すると、粒子の表面にポリマーが付着する。溶液を酸性にすると、ポリマーのついていない部分が溶液に溶けて、細かい孔が無数に空く——という具合だ。

メソポーラス・プルシアンブルーの結晶構造を分析する山内独立研究者

山内氏によると、「不規則に大小の孔を空け、できるだけ表面積を大きくしました」という。1gあたりの表面積は330m2。これは市販のプルシアンブルーの10倍以上だ。表面積の増大によりセシウムの吸着量も一挙に10倍以上に増えた。山内氏は、この高い吸着能力により、汚染土壌の処理などに利用できると考えている。

福島第一原子力発電所事故で漏れ出した放射性物質の処理問題は、長期化が予想されている。今回、開発された吸着材はまだ実用化に向けて量産化などの課題を残しているものの、長く困難な闘いを強いる除染の取り組みに向け、確かな貢献が期待されている。

取材・文=佐藤 成美
撮影=川本 聖哉

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