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【ダイワ】カーボンテクノロジーで釣りの楽しさを追求

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世界中の釣り愛好家から高い評価を受けるダイワ。釣り竿やリールに至るまで、幅広い製品をラインナップしているが、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)を使った釣り竿に使われる技術を紹介する。

ダイワの炭素繊維強化プラスチック(CFRP)を使った釣り竿(カーボンロッド)の凄さは、手に持ってみればすぐに分かる。鮎釣りに使われる最軽量モデルの竿は、長さ9mながら重量はわずか175g。目で見る長さと手に感じる重さのミスマッチに戸惑うほどだ。しかも、先端がだらりと垂れ下がってしまうこともなく、全体にシャキっとした張りがある。ちなみに重量比較でいえば、初期のカーボンロッドは同じ長さで300g以上、それ以前のグラスファイバーロッドでは500g以上あった。

写真は長さが9.9mの鮎釣り竿だが、重さは246g。

釣り竿は、相反する性能をバランスさせることが必要

釣り竿は単に軽くて強ければ良いというわけではない。同社フィッシング生産本部で釣り竿を開発している菅谷英二氏は、「針やオモリの付いた仕掛けを投げ、魚を針にかけ、引き寄せ、取り込むという、釣りのすべての動作で、異なる性能が求められる」という。

ダイワ フィッシング生産本部 ロッド製造部 菅谷英二副部長。中学生時代からの釣り好きが高じてダイワに入社。30年以上釣り竿開発ひと筋でやってきた。

仕掛けを投げるためには適度なしなりと反発力が必要だ。一度しなった竿が戻ることで先端の速度が増す。次に魚が餌に食いついた時に、竿を小さく素早く振って針を食い込ませるためには適度な張り(硬さ)が求められる。細かな振動が減衰せずにきちんと伝わることも重要だ。釣り人は、糸と竿に伝わる振動で、魚や水中の状態を把握しているからだ。

しかし製品の要求する性能の多くは相反し、一方を改善すれば、他方が犠牲になる。釣り糸は細いほうが魚に気付かれにくいが、その分、切れやすくなる。細い糸で大きな魚を釣るためには、魚からの衝撃を竿のしなりで吸収する必要がある。竿がしなりすぎると釣り人がいくら引いても魚が寄ってこない。しかもダイワの釣り竿は“楽しく釣れる”ことを求められている。趣味の道具ということで、釣り人の好みは様々。魚が引っ張る感覚をダイレクトに感じたい人と、丁寧に引き寄せる過程を楽しみたい人では、使う竿が違う。初心者用と上級者用でも変わる。ダイワの人気の秘密は、蓄積された技術とノウハウによって、釣る魚、釣り方、対象ユーザーに合わせて多種多様な竿を作り出していることだ。

1本の釣り竿に様々なカーボン技術が凝縮されている

釣り竿のカーボンシートを金属の円柱に巻き付け、焼き固める。特注品も含め、シートのバリエーションは多い。

カーボンロッドは、炭素繊維とエポキシ樹脂からなる薄いカーボンシートを、型となる金属棒に巻き、焼き固めて作る(写真)。釣り竿の穂先部分には、中までCFRPが詰め込まれたソリッド構造も使われる。

CFRPの特性を左右する要素のひとつに、樹脂と繊維の割合がある。釣り竿のCFRPは樹脂が少なく、繊維の割合が多い。一般に、炭素繊維の含有量が多いほど、竿は軽くて張りがあり、振動もよく伝わる。ダイワでは、標準品に加えて、素材メーカーとの開発協力による特注カーボンシートも採用している。

ただし、樹脂は繊維同士をつなぐ接着剤の役割も担っているため、樹脂が少ないほど加工は難しくなる。極端に樹脂の量を少なくした特注のカーボンシートを、きちんとパイプ状に加工できる高い製造技術がダイワの強みだ。

ダイワのカーボン技術の進化の一例(イメージ図)
白い部分が炭素繊維、黒い部分はエポキシ樹脂。左端の一般的なCFRPは、樹脂の占める割合が多い。ダイワでは、加熱時に圧力を加えたり、繊維の配列を最適化したりするなどして、最小限の樹脂量でのCFRP製造を可能にした。右端の「Z-SVFカーボン」は、ほとんどが炭素繊維で作られている。

炭素繊維自体も、より弾性率の高い(力がかかった時に伸びにくい)物が使われることが多い。衛星などの宇宙用途に使われる高弾性の炭素繊維が使われることもある。もちろん、材料は用途に応じて使い分けられ、冒頭で紹介した鮎竿には高弾性の炭素繊維が多用される。マダイやトラウトのように引きが強い魚には、竿全体が緩やかに曲がって衝撃を吸収するように、比較的弾性率の低い炭素繊維が使われている。

「繊維の方向や重ね方によって、特性が大きく変わるのが、異方性材料である炭素繊維の面白いところです」と菅谷氏は説明する。“異方性”とは、力のかかる向きによって材料の強さが変わることだ。

CFRPは、繊維に沿って引っ張る方向には強いが、横方向からの力には弱い。このため釣り竿を設計する際、繊維方向の組み合わせを変えることによって異なる性質を作り出す。例えば、4枚の繊維を重ねる時、通常は繊維を「縦-横-縦-横」と順番に重ねるが、これを「横-縦-縦-横」と変えるだけでパイプがつぶれにくい構造になるという。

炭素繊維は“異方性材料”といわれ、繊維の方向や組み合わせによって特性が変化する。例えば、同社の「V-JOINT」という技術では、竿のジョイント部分の繊維の角度を45度に傾けスムーズな曲がりと高い強度を実現している。

高性能な竿では、部位によって繊維の方向や重ね方が工夫されている。繊維の重ね方の基本は竿に沿って「縦横90度」だが、竿のジョイント部分では繊維の角度を「45度」に傾けてある。こうすると曲がりがスムーズになり、強度も大幅に向上するので、ジョイントの重なりを短縮して軽量化できる。これはダイワの特許技術だ(右図)。竿のねじれやすい場所では、縦横に加えて45度に傾けた繊維を巻くことで強度を向上させる。また、穂先ではソリッド構造の上からカーボンシートを巻くことで、細さを保ったまま強度と剛性を高めているものもある。一本の竿の中に多様なCFRP技術が盛り込まれている。

コンピューター解析が釣り竿をさらに進化させる

ダイワの釣り竿の設計では、コンピューター・シミュレーションと解析が駆使されているが、“楽しく釣れる”竿作りには、人間の感覚による評価が欠かせない。「タメが利く」「粘りがない」といったプロの釣り師たちの言葉を設計に反映するのは容易ではなく、かつてはベテラン設計者の勘に頼っていた。

しかし、ダイワでは3年前から「ひずみエネルギー解析」という新しい技法を導入。感覚的な評価とコンピューター解析の結果を結びつけることが出来るようになった。この手法では、力が掛かった時に竿に生じるひずみが、どのように先端から元の方に分布していくのかを解析する。この新しい解析法によって、曲がりや剛性分布といった従来の指標だけでは分からなかった竿の違いが明確に分かるようになった。「釣り人の感性も、再現性のあるデータとして蓄積できるようになりました」と菅谷氏はその効果を語る。

釣り竿開発の限界に挑戦するダイワだが、「開発の余地はまだたくさんある」と菅谷氏は言う。「炭素繊維の弾性率には理論上の限界があります。しかし、今は樹脂を変えたり、繊維の表面を加工する研究も進めています。他分野の技術で釣り竿に応用できるものもたくさんあるので、常にリサーチしています」。

“釣りの楽しさ”への探求心こそが、ダイワの技術開発の原動力となっている。

取材・文=木村 菱治

 

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