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世界を駆ける日本製オリジナル車いす——オーエックスエンジニアリング

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競技用から日常用まで……厳しい安全規格をクリアし、ユーザビリティを徹底した車いすが、乗る人の社会での活躍を後押しする。

病院の車いすより、社会に出やすい車いす

国内はもちろん、海外のパラリンピック選手からオリジナル車いすの製作を依頼される会社が千葉県にある。車いすを中心に障がい者用の乗り物や生活改善器具を開発・販売するオーエックスエンジニアリングだ。

創業者で社長の石井重行氏は、全日本のオートバイ大会で活躍する選手だったが、テスト走行時に大けがをして障害を負った。車いすでの生活を余儀なくされたが、病院で使われていた車いすに違和感を感じたという。スピードを極めるために機能性を追求し、一人ひとりのドライバーにあわせて調整されたオートバイに比べて、病院の車いすは、乗る人への配慮よりも機能やデザイン重視で作られていたからだ。

満足できる車いすがなかった石井氏は、会社の設備で車いすを自製した。オリジナル車いすに乗ってドイツのオートバイ・ショーに行ったとき、海外のジャーナリストに絶賛され、「乗る人の気持ちを大切にする車いすを作ろう」と事業化に乗り出した。

代表取締役副社長の山口高司氏。決められた車いすのデザインや機能の常識をくつがえしたい思いで事業が始まった。

「国から障がい者に車いすが給付される日本の社会保障制度では、給付金額内に収まる車いすばかりが普及します。確かに必要な機能は持っています。でも“それ以上”ではなく、退院後もこのような車いすで生活するのは、ユーザビリティーやデザインの面で、一人ひとりの気持ちへのケアが足りない。障害が残っても、体は健康ですし、病人でもけが人でもないのです。乗る人がもっと積極的に外出したくなるような車いすが必要だと、考えています」

副社長の山口高司氏は事業への思いを熱く語る。

色、機能、寸法…自由で無限の組み合わせを実現

乗る人がもっと積極的に外出したくなる車いすとは、どのようなものなのか。

社内には車いすユーザーも多く、普段の生活から製品開発のアイデアを提案することもできる。

「病院型は不特定多数が乗れるよう座幅、奥行き、背もたれなどが大きめに作られているため重く、調整機能もありません。通常、調整機能を備えるとさらに重くなりますが、弊社は、調整機能にアルミを削り出した部品などを使用しているため、調整機能を装備していても、一般の車いすより軽く作られています。また、一人ひとりに合わせた機能を追求し、基本的に軽く、コンパクトで、小回りが効く設計にしています。狭い所でも動きやすく、車にも積みやすい。デザイン=機能のものづくりを追求し、元来の車いすの固定概念にはとらわれません」

社内を見渡すと、車いすに乗った社員が機敏な動きで仕事をしている。

鮮やかなカラーのパイプや、豊富な種類のタイヤ。モジュラー式で在庫の中から自由に選べる。

「大切なのは『乗る本人ができる限り自由に動ける』ことです。顔が前を向き、両腕を自由に動かせるように、背もたれと座面の角度や車いす自体の高さなどを考えます。障害の程度によって違いますが、この乗り方ができれば、人と交流しやすく、働くこともできるので、社会に出たくなりますよね」

工場内には、さまざまな部品、何種類ものフレームやタイヤがある。

山口副社長によると、競技用の車いすはオーダーメイドでイチから図面を起こして製作し日常用はモジュラーと呼ばれる部品を、乗る人のサイズに合わせて組み上げる。色は100色あり希望に合わせてゼロから塗る。寸法、機能、色など無限に組み合わせられるので同じ完成品はないという。さらに、「工場では個別対応ができるよう、在庫の持ち方を検討し、スタッフの技術の熟練度を把握し、受注体系を整えた生産ラインを作りました」と強調する。

ダブルドラム試験機で背もたれの強度やフレームの耐久性を試験している。

安全性追求のため厳しい自社規格を設けている。

同社はこの効率的な生産ラインで、業界では異例な3週間という短納期間での納品を可能にした。では安全面はどうなのか。

「自社工場内に品質をテストするための試験場を持ち、試験するための機械自体も自社で作っています。試験機関に委託すると、結果が出るまで時間と費用がかかる。開発や品質向上にはトライ&エラーを繰り返すしかありませんが、これを自社内でできるのは強みです」

試験場では、凹凸のある回転ローラーの上を100kgの錘を乗せた車いすが走っている。ダブルドラム試験機というこの試験機は、速度や段差、路面の凹凸がフレームに及ぼす影響や耐久性を試している。JIS規格では、20万回の回転をクリアできる耐久性が求められているが、同社は最低でも30万回の回転数をクリアさせるという。

また、同社は購入後のパーツ交換や調節にも積極的に応じ、パーツ単体の細かい試験も行っている。顧客一人ひとりの乗り方(動作や角度)をリサーチし、その結果を元に個々の乗り方を再現して実験を行っている。

障害者の生活の質の向上を本気で考える

障害内容は千差万別であり、車いすの乗り方も違うため、顧客からの要望は多岐にわたる。

「例えば、足乗せ台の大きさ、肘掛けの長さの調節などさまざまな要望があります。でも、乗る人の要望が第一ですが、すべてを受け入れることはできません。乗る人自身が固定概念に縛られていることも多いからです」

固定概念とは、今あるものが当然の仕様だと思いこんでいるということだ。通常の車いすに標準装備されているパーツでも、もしかしたら不要という可能性もある。なぜその仕様が標準だったのかを突き詰めて考え、やはり不要だと分かれば、そのパーツをつけない新しい乗り方を提案する。その結果、より快適になったと感じる人が多いのだという。

また、軽量のものをという要望も多いが、それに応えるには調整用のパーツをそぎ落とすか、パーツの素材自体を軽くするかになる。

「後々、筋力や障害の状態に合わせて調整が必要になることを考えれば、調整機能は持たせたままの方がいい。そのため個々の部品の強度を保ちながら無駄な部分をそぎ落としていきます。これは加工に手間がかかるため、値は張りますが、本気でお客様の生活の質が向上するようにと試行錯誤しているので、自信を持って提案できます」

競技用のブランド確立から、世界へ浸透

海外の展示会にも足を運ぶ山口氏に、世界市場への展開について伺った。

「アジアでは台湾や韓国のディーラーと関係を築き、新車を販売しています。タイでは日本で下取りした中古の車いすも販売しています。高価な新車の販売台数は、現時点では少ないですが、今後経済が発展したとき、一台目を中古車で買ってくれたお客様が、次は新車で買ってくれる可能性もありますよね。

競技用の車いすは、1人ひとり違う図面にそって部品をつくり、組み立てる。

また、ヨーロッパでも陸上選手を中心に買っていただいています。日本では車いす事業を始めた当初、競技用の車いすを投資としてトップクラスのスポーツ選手に無料で提供しました。有意義な意見をもらえる上、気に入ってもらえると日常用も指名買いをしてくれるようになるからです。こうして、競技用からブランドが確立され、それが海外や日常用にも広がっていきました」

これまでの車いすの常識に縛られず、個別対応という最上級のものづくりをシステマチックに行う。こうした経営があるからこそオーエックスは、これからの福祉社会をつくるうえで、欠かせない存在となっている。

【副社長の一言】

ものをつくる喜び、使う喜び、売る喜び、「喜(KI)」 (代表取締役副社長 山口高司)

社員には「障害者のために福祉業界で何かしてあげたい」という人より「パラリンピック選手も乗るものづくりは面白そう」という人を採用したい。ビジネスはボランティアではないので、「~してあげる」ではダメです、市場に受け入れられる努力するのみです。そのとき必要なのは「喜び」の精神です。

多くの社員がオートバイや自転車などの乗り物好きです。車いす設計担当の社員は、空いた時間に車いすの折りたたみ方を活用した折りたたみ自転車を試作し、新規事業を立ち上げました。ものづくりや自社の商品が好きで「これに乗ってほしい」という強い気持ちがないと車いすは売れません。弊社にはそのための喜びの精神が溢れていると思います。

【企業データ】

株式会社 オーエックスエンジニアリング

住所:〒265-0043 千葉県千葉市若葉区中田町2186-1

代表者:

代表取締役 石井重行

代表取締役副社長 山口高司

事業内容:車いすの開発販売・障がい者作業環境改善器具開発

資本金:1億5千万円

従業員数:40名

ウェブサイト:http://www.oxgroup.co.jp/

取材=二橋 彩乃
撮影=松村 隆史

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