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日本人の心に響く鐘の音を追求——老子製作所

経済・ビジネス

寺院の梵鐘(ぼんしょう)づくりで国内シェア70%を占めるメーカーがある。従業員は25人だが創業200年の老舗企業。日本人の心に響く鐘の音を生み出す取り組みを紹介する。

荘厳な響きと余韻に漂う仏教的無常観

老子製作所本社のロビーに陳列された製品の数々。まるで文化財を展示した美術館のようだ。

全国の寺にある梵鐘(釣り鐘)は本来、その鐘の音の大きさで仏の功徳を表す道具とされる。撞木(しゅもく)と呼ばれる木製の道具で撞き鳴らすと、「グォ~ン」と重く余韻のある音が響き渡る。時を告げたり、1年の煩悩を清める「除夜の鐘」としても使われる。西洋の教会などの鐘の音が人々に祈りや感謝、希望、喜びなどを与えるのとは異なり、梵鐘の荘厳な響きは日本人に心の安らぎをもたらす。

この梵鐘製作で日本一を誇るのが、富山県高岡市の株式会社老子(おいご)製作所(老子秀平社長)だ。同市は江戸時代から加賀藩の庇護を受け銅器生産が盛んな地域。老子の前身もこの地で梵鐘づくりを始めた。

「広島平和の鐘」。(写真提供=老子製作所)

これまでに全国の寺院に納入した数は大小合わせて2万鐘を超え、国内シェアは約70%に上る。納入先には西本願寺や三十三間堂、成田山新勝寺、池上本門寺など名刹・古刹が並ぶ。広島市の「平和の鐘」も同社が手がけた。

国内で梵鐘の製造が始まったのは、仏教伝来後の飛鳥時代からとされる。それ以降、日本の梵鐘は少しずつ数を増やし、江戸時代にピークを迎える。現在の梵鐘の形状や独特の音色はこの時期に確立した。中国鐘や朝鮮鐘など大陸の梵鐘は余韻のある長い響きを求めないが、日本の梵鐘(和鐘)は「長い余韻と程よいうなり」が特徴である。『平家物語』の冒頭にも「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり…」とあり、梵鐘の音には仏教的無常観も漂う。

日本人好みの梵鐘に進化した

老子製作所の元井秀治専務取締役が解説する。

「鐘の音を決定する要素は、鐘の形、肉厚のバランス、銅とスズの配合、鋳込みの温度、撞木の材質、寺のある場所――など多岐にわたります。特に和鐘は“重低音で余韻が長く、ほどよくうなるものがよい”とされ、「わび・さび」の文化を好む日本人によって独特の梵鐘(和鐘)に進化してきました。わが社は、この音色に徹底的にこだわってきました」

興味深いことに、梵鐘の余韻の中に含まれる「1/fゆらぎ (エフぶんのいちゆらぎ)」が心身をリラックスさせることが近年、科学的に証明された。「小川のせせらぎや小鳥のさえずりなどと同じく、心を癒す音であることが分かり、梵鐘の音を聞くとどこか気が休まるのは偶然ではなかったのです」と、元井専務は語る。

ガス溶融炉で銅とスズを溶かし、鋳型に流し込む作業。

梵鐘は外口径が大きいほど低い音が出る。外口径が小さいほど高い音になる。薄すぎると割れてしまうので、その厚さも調整しながら寺ごとの要望にこたえて製作する。その工程は、まず砂と粘土を混ぜ合わせた土で鋳型を作る。ガス溶融炉で銅とスズを溶かし、鋳型に流し込む。鋳型が冷めるのを待って鋳型の土を取り除き鐘を取り出す。それを黒色に塗り、仕上げに向かう。

鋳型から取り出した梵鐘の原型を職人たちが手作業で磨く。後方では仏像を製作している。

鐘は「一口(いっこう)」と数えるが、一口一口が手作り作業で、同じものはできない。独特の余韻の長さとうなりを生むため、奈良時代以来の造型法に加え、各部の細工の製法、特に鋳型を形作る真砂土にも神経を使う。このため、梵鐘を一口製作するのに短くて3~4カ月かかる。依頼されれば大型の梵鐘も作る。台北市の法鼓山に台湾最大の大梵鐘(重量25トン)を収めたが、兵庫県内の寺には国内最大の48トンの大梵鐘を納入。大梵鐘の製作でも老子は抜きん出ている。

台北市の寺に納入した25トンの大梵鐘(写真左)と、兵庫県加東市の寺に納入された日本最大とされる重量48トンの大梵鐘。(いずれも老子製作所提供)

戦後の特需でシェアを拡大

国内の梵鐘は第二次大戦中、兵器を作るために供出させられ、多くの寺から姿を消した。戦後はその反動で梵鐘需要が急増する。戦後の50年で一気に江戸期の数まで戻したため、昭和は空前の“梵鐘生産”時代だった。

老子製作所は戦後、経験豊かな職人たちの技で梵鐘の標準品を作り、戦前までの家内制手工業からいち早く機械化を進めた。これにより戦後の特需にこたえられる体制が整い、シェア拡大につながった。

しかし、特殊な製品だけに業界の現状は楽ではない。近年、国内の梵鐘メーカー2社が撤退した。現在では老子を含め専業メーカーは国内に5社程度しかいない。戦後の最盛期には、老子でも年間200口くらい製作した。特需が一巡したあとは緩やかな下り坂となり、現在は年間40口程度にとどまっている。

鐘の値段は、標準で高級車1台分

梵鐘の値段は「標準品で高級乗用車1台分程度(約400万~500万円)」(元井専務)と言う。乗用車と違い、梵鐘は一度作れば半永久的なものだけに、「大切に使えば1000年はもつ」。現存する国内最古の梵鐘(京都の妙心寺)は、西暦698年前後(推定)に鋳造されたもので、1300年も使われている。

こうした中で、老子製作所の売上高は現在、年間4~5億円平均である。全売上高に占める梵鐘の割合も3分の1程度だ。あとは鋳物づくりのノウハウを生かして親鸞聖人などの銅像や寺院仏具、寺院建築金物、モニュメントなどの製造・販売にも力を入れ、経営の安定を図っている。

それでも梵鐘需要がなくなるわけではない。寺院がお堂を建て替える時や、新しい住職が就任して鐘楼や梵鐘を更新しようという時には、新たなビジネスチャンスが生まれる。「全国に納入した梵鐘は、商品サンプルを展示しているようなもの。うちの鐘の音を聞いたお客さんから照会が入ることも…」と元井専務は言う。口コミの力も大きい。インターネットで検索し、問い合わせてくるケースもある。

海外からの引き合いも同様だ。今夏、台湾から10人余の一行が商談のため老子製作所を訪れた。アベノミクスで大きく円安に振れて、海外からも梵鐘を割安に輸入できるため引き合いが増えた。予期せぬ円安効果だ。積極的な海外展開はしていないが、過去には中国やブラジル、豪州、ニュージーランドなどにも納入実績がある。

大震災の被災地にも「鎮魂の鐘」

2011年3月11日の東日本大震災後、岩手県釜石市の市民団体から依頼を受け「復興の鐘」を製作した。広島平和の鐘と同じ大きさだ。完成後には釜石駅前に設置された。2013年3月には、岩手県大船渡市の海岸近くにも老子製の「鎮魂 愛の鐘」が完成した。地震発生時刻の午後2時46分には毎日、自動打鐘されている。

釜石駅前に設置された「釜石復興の鐘」(左側写真)と大船渡市に完成した「鎮魂愛の鐘」。(いずれも老子製作所提供)

元井専務は老子社長とともに長らく梵鐘づくりに携わってきたが、「手塩にかけた梵鐘を納入し、試し撞きをした時、『いい音色ですね』という言葉を皆さんから聞くのが一番の喜び」としみじみ語る。鋳物づくり一筋の老子製作所は、先人が築いた伝統の技を継承しながら、新しい鋳物の未来をめざしている。

【企業データ】
株式会社老子製作所
住所:〒939-1118 富山県高岡市戸出栄町47-1 高岡銅器団地内
代表者:代表取締役社長 老子秀平(13代目、創業:江戸時代中期)
事業内容:梵鐘・半鐘・仏像・祖師像・銅像・寺院仏具・水鉢・灯篭などの製造・販売
資本金:1250万円
従業員:25人
電話:0766-63-6336
ウェブサイト:http://www.oigo.jp/

取材・文、写真=原田 和義(一般財団法人ニッポンドットコム・シニアエディター)

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