シンポジウムリポート

シンポジウム「3.11後の報道や危機管理のあり方を探る」報告(パート1)

社会

nippon.comのオープニング記念行事として、シンポジウム「3.11後の報道や危機管理のあり方を探る」が開催された。英『エコノミスト』元編集長のビル・エモット氏は、基調講演の中で、危機におけるリスク報道の特徴と難しさを語った。

一般財団法人ジャパンエコー(現・一般財団法人ニッポンドットコム)は、ドイツのフリードリヒ・エーベルト財団との共催で、10月22日、シンポジウム「3.11後の報道や危機管理のあり方を探る」を東京都内で開催した。このシンポジウムは、「nippon.com」のオープニング記念行事となるもので、英『エコノミスト』誌元編集長のビル・エモット氏が、「リスクについての報道のあり方」というテーマで基調講演を行った。

同氏は、危機におけるメディアによるリスク報道を評価するための前提として、人々がリスクをどのように評価しているか、危機時の報道がどのような性格を持ち、過去に発生した危機の中でリスクがどのように報道されたかを十分に検証する必要性を強調。その上で、メディアがリスクについて伝える難しさについて講演した。

人々のリスク評価と危機時の報道の性格

エモット氏は、人々のリスク評価について、生活の中のありふれたリスク(車の運転、道路の横断、タバコの吸いすぎや酒の飲みすぎなど)を過小評価する一方で、危機的な出来事(航空機の墜落やテロなど)を過剰に警戒する傾向があると指摘。危機的な出来事については、一般の人々はリスクが大きすぎて理解できないため、政府や専門家、時としてジャーナリストといった権威に頼らざるを得ないと考えている。しかし、想定外のことが突然起こる「ブラック・スワン・イベント(black swan event)」に接すると、人々は危機的な出来事が起こる確率が高まり、次の危機が発生するのではないかと考えてしまうと語った。

また、危機時の報道の性格について、ジャーナリストは一般の人々と同様に次なる危機の発生を予想する心理を抱えながら、情報が不完全な中で報道せざるを得ないと指摘し、それはいわば歴史の「初稿」であると述べた。しかし、同氏はメディアが提供する情報は優れたものでなくてはならず、新たな情報を得て、当初の報道に誤りが見つかれば、常に訂正していかなければならないと指摘した。

ビル・エモット 英『エコノミスト』元編集長

 

過去のリスク報道と3.11報道

エモット氏は、過去の危機におけるリスク報道の例として、2008年の金融危機と2001年9月11日の同時多発テロから2003年のイラク侵攻までに至る経緯を取り上げた。2008年の金融危機では、福島第一原子力発電所事故と同様に、人々は危機以前、当局を過剰に信頼し、危機発生への警告を無視しがちだったが、リーマン・ブラザーズが破たんすると、一般大衆のみならず、メディアも金融機関の破たんが毎日のように起きるのではないかと考えたと指摘。金融危機の報道においてメディアがパニックを生じさせることがなかったかを問う必要があるとした。

同時多発テロからイラク侵攻に至る経緯においても、やはり9.11以前に欧米各国の首都や米国に対する大規模テロ攻撃の可能性が指摘されていたにもかかわらず、それが真剣に受け止められることはなかった。しかし、9.11に劇的なテロ攻撃が起きると、特に米国の一般大衆は、想定外の出来事が日常的に発生し、次の攻撃が大量破壊兵器によって行われるのではないかと考え始めた。しかも、一般大衆のリスクの過大評価や情報不足から来る当局の誤った情報への信頼が原因となって、メディアはリスクを誇張し、イラク侵攻の根拠を与えることになったと指摘した。

エモット氏はこれらの例と比較して、3.11の地震・津波災害や福島原発事故へのメディアの反応は特異なものではなく、近年の危機的な出来事との類似点を十分に分析しなければならないと述べた。さらに、福島原発事故後の報道について、大規模な事故が再び発生するのではないかと考える傾向は避けがたいものがあり、一方で入手できる情報の質を判断するのに困難があったと強調した。

ジャーナリストの3つの原則

エモット氏は講演の最後にジャーナリストの3つの原則を指摘した。第1に、ジャーナリストは、国やメディア業界に対して責任を持っているのではなく、読者あるいは視聴者に対して責任を持っており、第2に、すべての市民がインターネットで情報を発信できる世界において、ジャーナリストは出来事を単に伝えるだけでなく、分析・評価し、議論の形成を先導することが必要だとした。また第3に、正しい情報を入手し、誤った報道を行ったことが分かったときは、訂正を行わなければならないとして、メディアが新たな情報から学ぶ能力を示す必要性を強調した。

シンポジウムには国内外のメディア関係者や研究者、官僚など100名以上が来場した。

このようなエモット氏の議論について、シンポジウムに来場したマサチューセッツ工科大学のリチャード・サミュエルズ教授(政治学)は、「日本での出来事は、しばしば日本特有のものとして議論されるが、(危機時の報道には)共通のパターンがあり、3.11もそのパターンを踏襲したことを指摘したのは素晴らしかった」と述べた。

基調講演終了後、パネルディスカッションに移り、第1部では3.11後のメディアによる報道についての議論、第2部では政府や企業などの危機管理についての議論を行った。いずれのセッションも日本と海外からパネリストを招き、来場者も交えて活発な議論を展開した。(パネルディスカッションの報告記事はこちら

写真=長坂 芳樹

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